―例えばどのようなものがありますか。

米田 現在臨床試験中のものの中で、特に注目されるものにカテプシンK阻害剤があります。カテプシンKとはシステインたんぱく質分解酵素で、骨吸収の際に骨基質を分解する破骨細胞の酵素です。この働きを抑えることは骨吸収を抑えることになります。また遺伝子欠損マウスの研究から、破骨細胞の骨吸収にはsrcチロシンキナーゼの関与が必須とされていますが、srcチロシンキナーゼ阻害剤も開発されています。また破骨細胞は細胞接着分子αvβ3インテグリンを介して骨表面に密着するのですが、その阻害剤も開発の途上にあります。それら薬剤を使うことによってがんの骨転移に必要な骨側の環境を破壊することができると考えられます。

 しかし、それでもがん骨転移を完全に予防することができない。そこで、がん細胞の側にある骨転移を成立させる能力にも注目する必要が出てくるわけです。

骨髄はがん細胞の教育の場

米田 がん細胞が侵入した骨髄には種々の増殖因子やサイトカインが豊富にあります。そこでは単純に増殖しているのではなく、上皮間葉転換(Epithelial-Mesenchymal Transition, EMT)が起こっている可能性があります。私たちの研究室では骨髄内で起こるがん細胞のEMTに注目しています。

 がん細胞は基本的に上皮様特性を有していますが、ある状況下で間葉系細胞様特性を獲得し、転移能や化学療法抵抗性、アポトーシス抵抗性などの悪性度がより高まる現象が注目されています。これをEMTというのですが、がん細胞は骨髄に入ることによってEMTを起こすのではないかと考えています。

―骨転移は進行がんの周辺症状という問題だけではないかもしれないということですね。

米田 がん細胞が骨に働きかけるのとは反対に、がん細胞が骨自身から種々の情報を得て変化する可能性があるわけです。そこで、がんの骨転移はいつ起こるのかという話になります。症状として出現するのはかなり病状が進展してからという場合が多いのですが、実際はがんに罹患した比較的早期から骨髄転移が起こっている可能性が、乳がんや前立腺がんなどで報告されています。

―切除直後の患者で、かなりの割合で骨髄に乳がん細胞が見つかるという報告が出ていますね。

米田 がんが進行した結果が骨転移ではなく、骨転移を経て教育されたがんが全身の病勢の決定に関与している可能性すらありますよ。

―ビスホスホネート剤自体に抗がん活性があることを示唆する報告があります。乳がんの術後ホルモン療法にゾレドロン酸を追加投与した場合、ホルモン療法単独に比べ無病生存率を36%改善したという研究が2008年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で報告されました。

米田 ゾレドロン酸で再発予防効果があるということになると、抗がん作用があるからではないかという話になります。しかし、私たち骨転移の基礎の研究者は、骨転移が抑制されてEMTの出現が抑えられた結果ではないかと疑っています。

 骨はがん転移の標的であるだけではなく、教育の場であり温床であるということもできます。実際にゾレドロン酸でその見解に符合する結果が報告されたわけです。近いうちに登場する可能性がある、デノスマブでもそのような再発予防効果が認められるのかどうかは、大変興味があるところです。

 乳がんでは骨に高頻度で転移しますね。私たちの研究室では、乳がん細胞を動物に移植し、骨転移が起こりやすい細胞を選抜することを繰り返して、親株よりもずっと骨に転移しやすい乳がん細胞株を樹立しています。また、マイクロアレイを使って乳腺部腫瘍と骨転移巣腫瘍との間で遺伝子発現プロファイルを探ることにより、骨転移を起こした細胞の特徴が明らかになりつつあります。

 この細胞では、細胞運動機能を高める細胞内シグナル伝達物質であるNEDD9というたんぱく質の発現が高まっていることを見いだしました。

―骨髄内の“教育”によってNEDD9の遺伝子発現が高まったということですか。

米田 現在の知見では、そこまでは結論できませんが、親株に骨髄内でがん細胞が曝露されるTGF-βを与えると、NEDD9の発現が高まることを見いだしていますから、何らかの教育効果をTGF-βが担っている可能性があると考えています。

 がんの骨転移をめぐって骨側の要因、がん細胞側の要因を明らかにできればより強力に骨転移を抑え、同時にEMTなどの悪性化を回避できる治療法に結びつくと期待しています。最近は臨床家の方々も注目してくれるので、心強いかぎりです。

 昨年のNature誌に、腫瘍の血管新生に関わる血管内皮前駆細胞が原発巣と骨転移巣との間を往復しているという報告も出てきました。がん細胞と骨との間に密接なクロストークが形成されている可能性があり、こうした仕組みを解明していくことは新しい学問体系の構築につながる可能性をも秘めていると思っています。