がん骨転移に関心が集まっているが、そもそもがんが全身に転移する場合に骨髄を温床として利用している可能性が出てきた。がん骨転移のメカニズム解明を精力的に進める米田氏に骨に潜むがんの診断と治療、そしてがん治療の宿敵である再発の研究の新局面について聞いた。 (聞き手:小崎丈太郎=本誌編集長)


米田 俊之(よねだ・としゆき)氏
1972年大阪大学歯学部卒業。76年大学院博士課程を修了し、歯学博士取得。77年より米国コネチカット大学医学部内分泌代謝部門(Riasz教授)、79〜80年の間に米国国立衛生研究所、米国国立歯学研究所にポスドクとして留学。80年に帰国し、85年口腔外科認定医取得。87年テキサス大学医学部サンアントニオ校に異動。92年東京医科歯科大学難治疾患研究所教授、97年に大阪大学歯学部教授に就任。

―最近、がんの骨転移に関心が集まっています。

米田 そうですね。がんの治療が奏効してがんと共存する期間が長くなるにつれて骨転移の発生頻度が高まっていることが理由の1つ。もう1つの理由は、骨代謝の研究をもとにその修飾を行う薬剤の候補が多数出てきたことです。こうした薬剤はbone modifying agentといいます。現在のところがん治療に用いられているのはビスホスホネート剤(BP)のゾレドロン酸だけです。しかし、近いうちに新規の薬剤の登場が予想されます。いま以上に積極的な治療ができるようになるという期待が大きいのだと思います。

骨は増殖因子の貯蔵庫

米田 骨の役割というと骨格を構成することが想起されますが、それは骨の働きのほんの一部に過ぎません。骨が内包する骨髄では血液の新生、カルシウム代謝と連動する骨リモデリングなどの代謝を旺盛に行っている臓器という側面もあります。がんの転移との関係で重要な点は、骨の中にはインスリン様成長因子(IGF)-Iやトランスフォーミング成長因子(TGF)-βなどの多くの増殖因子を含んでいるという事実です。

 骨では破骨細胞が骨を壊し、骨芽細胞が新しい骨を造るというリモデリングが行われています。生理的なリモデリングでは、増殖因子は破骨細胞による骨吸収が起こる際に絶えず骨髄内に放出されています。この増殖因子と骨ミネラルは骨芽細胞が新しい骨を造るために利用されます。

 ところがここにがん細胞が侵入すると、増殖因子はがんの増殖に使われてしまうことになります。破骨細胞が掘り起こした増殖因子をがん細胞が横取りしてしまうことになります。増殖因子が豊富な骨髄とはがん細胞にとって極めて居心地の良い環境ということができます。

―擬人化するのはよくないですが、がん細胞はずる賢いですね。

米田 以前は溶骨性転移が起こる場合、がん細胞が直接、骨を壊しているのだと考えられてきました。しかし、最近では、がん細胞が破骨細胞を増やして、それらに仕事をさせていることが明らかになっています。

―自分では手を下さないということですね。

米田 破骨細胞に行わせるんです。破骨細胞の前駆細胞が破骨細胞へと分化するためには前駆細胞の表面にあるRANK(receptor activator of nuclear factor κB)という受容体を刺激する必要があります。このRANKのリガンドであるRANKL(ligand for receptor activator of nuclear factor κB) は骨芽細胞上に存在します。骨に転移したがん細胞は副甲状腺ホルモン関連たんぱく(PTH-rP)やインターロイキンなどのサイトカインを産生して、骨芽細胞のRANKL発現を高める。このRANKLが破骨細胞の分化、活性化、生存を促進させることになります。

 破骨細胞が増えて、骨吸収が促進され、増殖因子が放出される。そこでがん細胞の増殖が活性化されるという悪循環が成立します。

―まさに生理的なリモデリングの仕組みを横取りしているわけですね。

米田 リモデリングが活発化している部位にはがんが転移しやすいことが分かっています。骨折部位や抜歯の跡などがそうです。

悪循環を断つ方法は

―この悪循環をどのように断つかが課題であることが良く分かりました。

米田 循環を断つために臨床的に用いられる薬剤は、前述のようにビスホスホネート剤だけです。骨に吸着すると骨吸収中の破骨細胞のメバロン酸代謝経路を阻害してアポトーシスを誘導します。この薬剤のすばらしいところは骨に対する高い選択性です。投与された薬剤の50%は骨に分布し、残り50%は尿に排泄されます。選択性が高く、副作用の心配も低いところが利点です。

 抗RANKL抗体であるデノスマブは日本ではまだ承認されていませんが、注目される薬剤です。ビスホスホネート剤が成熟した破骨細胞に作用するのに対して、デノスマブは破骨細胞前駆細胞のRANKに対するRANKLの結合を阻み、破骨細胞の形成を阻害します。

 既に、乳がん、前立腺がん、肺がんなどの固形がんや多発性骨髄腫の患者に対するフェーズ3試験をビスホスホネート剤を対照に行われ、骨折などの骨関連事象(SRE)がビスホスホネート剤よりも強力に減らすことが報告されています。このほかにもいくつかbone modifying agentとして新規の化合物が考案されて、一部は臨床試験が始まっています。