診療の継続を確保するためには、診療記録が保存されているかどうかが大きな意味を持つ。自分の診療の中身を詳しく知らない患者も珍しくない。その患者が被災前にどのような銘柄の薬剤をどのような用法用量で受けていたか、鮮明に記憶していない患者も多いのが実情だ。

 がんの化学療法では、決まったレジメンを数クール繰り返すことになる。最初の治療を福島県立医大で行い、そのあとは患者が住む近くの医療機関で継続しているケースもある。そこでの治療の結果、病勢進行(PD)となり別のレジメンに切り替わっている患者もいる。しかし、治療を受けていた医療機関が震災で壊れ、福島県立医大に戻ってくる患者の中には、診療記録も流れてしまっている場合、正確な診療情報が手に入らない患者もいる。どのような治療をどこまで行ったのかが、患者自身にも分からない。

 「電子カルテのシステムが水没した」、しかも「塩分を含む海水に洗われた……」ということになれば、バックアップを取っていない限り、情報を復旧させることは不可能だ。

 「災害対策のためにも、患者の診療記録を保存できるようなICカードを患者自らが携行するシステムを本格的に検討するべきタイミングに来ているのかも知れない」と、石田氏は感じている。

 「化学療法よりも患者に直接的なダメージを与えるのではないか」と石田氏が懸念するのが緩和医療だ。疼痛緩和を目的に使用されるモルヒネの用量は患者による個人差が大きい。必要量を下回れば、十分な疼痛除去ができず、過量となれば一日中寝ている状態になる。患者一人ひとりに合致した量が選定されていたものが、被災に伴う中断で振り出しに戻ってしまう可能性がある。

事故を理由に入学を辞退する例も
 教育機関でもある同大学は、新入生や研修医の動向も気になるところだ。新入生や研修医の動揺を抑える目的から、同大学の院長がそれらの親に手紙を書いた。

 これまでのところ、14名が入学を辞退し、そのうちの3名が「原発事故に伴う放射線被ばくの影響」を挙げている。一方の研修医らは、「1名も欠けることなく19名の外部からの医師を含め、総勢54名、全員が集合した」(同大学企画財務課主任主査の中原智弘氏)。

 「県民の健康は自分たちが護るという志を持った学生が来年以降も集まってくれることを期待する」と同大学理事(教育研究担当)兼副学長兼学生部長の阿部正文氏は話す。

 一方の横山氏は、「これは一種のリトマス試験紙」と語る。将来どのような医師になるのか、今回の震災と原発禍は、その志の高さを測る機会になったとの見解だ。しかし、低線量被ばくの健康被害の全貌はなお明らかではない。そのような状況下で新入生と研修医らは「将来どのような医師になりたいのか」、その選択を迫られてしまったともいえそうだ。

「原発災害を科学的に検証する」
 学長の菊地臣一氏は、被災間もない3月22日に、新入生、在学性、新臨床研修医・専攻医とそれぞれの保護者に対して手紙を出している。その中で菊地氏は、次のように呼びかけた。

 「本学に課せられた使命はこのような未曽有の災害、とりわけ原発災害を医学・医療の面から科学的に検証し、世界に向けて情報を発信し、次世代を守り、日本の将来の創造に貢献することと考えています。本学教職員の士気は高く、学生の皆さんには最善の教育を、研修医・専攻医の皆さんには最善の研修を保証すると共に、危機災害を乗り越えた先にはすばらしい将来が皆さんの前途にあることを心から信じています」(http://www.fmu.ac.jp/univ/daigaku/pdf/230323_letter.pdf)。

 原子爆弾のような瞬間的に大放射線量を浴びる被ばくのフォローアップのデータは、唯一の被ばく国である日本にあった。しかし、比較的低線量の放射線を持続的に浴びた場合の健康被害の例は旧ソ連のチェルノブイリ原発事故のほかにはない。このときの事故では、約6,000名の小児甲状腺がんが発生し、15名が死亡したと2006年に報告された。

 福島県立医大の小児科グループは、県内の児童集団を対象に長期的なフォローアップ体制の構築に着手する。広島大、長崎大に続く被ばく医学研究の国内3番目の拠点となることが強制的に決まってしまった福島県立医大。医大1つにだけに重い十字架を背負わせないようにするにはどうしたらいいか、全国レベルで知恵を出すべきときが来たといえよう。