チェルノブイリの教訓を福島に注入
 長崎大学大学院教授の山下俊一氏、同教授高村昇氏らが福島県入りしたのは3月18日。

 “長崎大チーム”は、その日に福島県立医科大学の会議室に職員を集め、放射線被ばくのリスクとは何か、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故とは何だったのか説明した。翌日には福島県副知事と面会し、その場で「福島県放射線健康リスク管理アドバイザー」への就任要請を受諾している。さらに、福島県内の住民説明会で講演するなど、精力的に活動し、住民の不安の払拭に努めた。

 長崎は原子爆弾の被ばく地であることから、同大学は広島大学と並び放射線による健康被害の研究の拠点となってきた。「笹川チェルノブイリ医療協力事業」の一環として、チェルノブイリ(ウクライナ)を訪問し、住民検診などに従事してきた実績があった。現地への訪問回数は山下氏が100回、高村氏は40回を数えるという。

 同大学の関係者が語るところによると、チェルノブイリにおける調査からは2つの重要な教訓が得られているという。1つは、健康障害が発生するかどうかは被ばくした線量に依存すること。

 これは原爆による放射線被ばくの研究からも明らかになっているが、比較的低線量被ばくでも同様の傾向を読みとることができるという。重要な教訓のもう1つは、定期的なモニタリングの重要性だ。健康リスクを判断するためにも、個々人の継続的な健康診断を行い、長期にわたる影響評価が必要であることだという。小児甲状腺がんの増加が懸念されているが、その後の健康被害を把握するために同大学では、1万人以上の住民のフォローアップを10年以上にわたって続けている。ほとんどの住民の検出値は0.1ミリシーベルト(mSv)以下。この程度の内部被ばくが続いていても、健康被害は現れていないと報告している。

 この長崎大との接衝にいち早く動いたのが、福島医大の院長と副院長だ。窮状に臨んで組織が活きるか機能不全に陥るかはトップの胆力に負うところが多い。病院長の村川雅洋氏は放射線障害の専門家にコンタクトし、専門家が直接、スタッフに語りかける環境を作った。副院長の横山斉氏は、被災前と変わらないひょうひょうとした態度で、専門家のレクチャーでは司会を務め、時に十八番の冗談を言い、周囲を和ませ続けた。

 単純に人間性の違いではなく、正確でしかも行動に結びつけやすい具体性を持った情報を持っているかどうかの差であり、そうした情報を入手できる環境に身を置くことができたかどうかという点が大きい。

 とはいえ、身近に放射能物質を遺漏させ続ける施設があることも事実。収束までの工程表が公表されているが、その実現可能性を疑問視する声は依然として多い。際限なく続く余震といつ収束するのか定かではない放射能物質による環境汚染。その中で日常業務をこなさなければならない職員のストレスもまた尋常ではないことは容易に想像がつく。院内には、「心のケアセンター」と書かれたコピー用紙の掲示が多く目につく。見るからに急ごしらえのこの掲示は患者向けではなく、職員向けのものなのだ。

院内のあちこちに職員向け「心のケアセンター」の表示が。

附属病院腫瘍センター部長の石田卓氏は呼吸器内科学准教授でもあり胸腔鏡の専門家でもある。

医療の継続を脅かすカルテの喪失
 避難のために、地元を離れていかねばならない患者もいる。そうした患者の医療の継続性をどのように確保するかが、石田氏や相談支援センターのスタッフに課せられた命題となった。被災して1カ月の間に転院の相談は、18件にのぼり、そのうちの15件は、県内の別の病院か親族が暮らす関東地方の医療機関に転院となった。