同院の放射線治療施設が損傷したために、修復まで治療を代行してもらう必要がでてきた。また、化学療法のために調剤を進めるキャビネットも破損した。特に、排気用のダクトが損壊し、機密性が保てなくなる事態となった(写真)。

余震が続き、思わず棚を押さえる職員。

修理したばかりのクリーンベンチのダクトが余震で破損。

 そこで、石田氏はホームページで「被災者受け入れ」を表明している医療機関に電話をかけた。ところが、返ってきた返事は「医師が逃げて、看護師と技師しかいないので、新規患者の受け入れができない」というものだった。患者を別の医療機関に紹介しても、看護師や技師より先に医師が姿を消している。こうした事例が県内の主要な医療機関でも見られた。

 当初は地震や津波による被災によって化学療法に用いる医薬品の不足が心配されたものの、蓋を開けてみると、「処方する医師不足の方が深刻だった」という笑えない冗談もささやかれた。

 「医師がいの一番に逃げ出すとはなんだ」と逃亡した医師らを非難した政治家が現れたのもこの頃だ。早速、ネット上ではこの政治家の発言に対する賛否両論が渦巻いた。書き込みを斜め読みする限り、医療関係者の献身や犠牲を当然と考える古風な倫理観を警戒する医療関係者は少なくないようだ。しかし、石田氏の見方はやや異なる。「逃亡は情報の不足が最大の原因である」と考えているからだ。

震災直後に長崎大チームが駆けつけ、連日講演
 なぜ福島県立医大では医師をはじめ医療スタッフの逃亡がなかったのか。もちろん、スタッフたちが「ここで医療に殉じよう」と考えたからでは決してない。「まだ逃げなくても大丈夫」という確信があったためだ。

 原発の事故が明らかになり、同院がある福島市も空気中の放射線レベルが急上昇した。「日常の何倍」という情報がテレビや新聞で報道されると、現場にも動揺が広がった。そこで、大学病院では、放射線被ばくによる健康被害に通じた長崎大学の研究者を招いてレクチャーを連日のように開催した。その結果、現在の線量では、健康被害を起こすまでは至らないことがはっきりして、院内は落ち着きを取り戻したという。

 「すぐに駆けつけてくれた長崎大学の先生方には感謝している」と石田氏は話す。