原発事故としては史上最悪のレベルとなった東京電力福島第一原子力発電所。医大として甚大な影響を被っているのが福島県立医科大学だ。地震、津波に加え、放射線被ばくという難題に直面する同大学では医療は続けられているのか。さっそく同大学を訪ねた。


 「人間てこんなに長い間、風呂に入らなくてもいいんだ」

 3月11日に東北地方を中心に東日本を襲った大震災から1週間以上が過ぎたある日、福島県立医科大学附属病院教授で臨床腫瘍センター部長の石田卓氏は、そう思ったという。震災で同院が機能不全に陥って以来、文字通り不眠不休で医療体制の再構築に当たってきた同氏には、入浴を気にかける余裕すらなかった。

「逃げなかったので再開も早かった」
 同院の外来化学療法を実施する患者は日によってばらつきはあるが、多い日では25人。乳がんを筆頭に大腸がん、肺がんが多い。震災によって十分な治療を続けられなくなったことから、近くの病院へ患者を紹介することが当座の仕事となった。「とりあえず、2週間後に来てください」。震災直後、医療スタッフは治療を予定していた患者や家族に連絡を取った。しかし、当日は電話が通じず、所在がわからないケースも多く、連絡が取れないままに、予定通り来院してしまった患者もいた。

 しかし、被災して1週間を経過した時点では震災前に行っていた診療を再開することができた。

 「このように早くできたのも、腫瘍を診療するチーム内で、逃げるスタッフが一人もいなかったため」と石田氏は語る。

 医師や看護師が逃げてしまう─。

 この事実が、福島県を見舞った災害の特殊性を端的に物語っているといえる。

 福島県立医科大学附属病院がある福島市内から、南東に60kmの位置に、いまや世界を震撼させている東京電力福島第一原子力発電所がある。津波による電源喪失とそれに端を発する炉心溶融を伴う深刻な事態、その付近は人類史上稀に見る原発災害の被災地域となってしまったことになったのは周知の通りだ。期せずして同大学は、原発に最も近くにある医大という境遇におかれることになった。3月11日に原発建屋の水素爆発が報道されると、原発に近い地域の一部で“逃亡”する医師が現われた。

待合室のテレビモニターには放射線測定値が流れ続ける。

 「米国のオバマ大統領が原発からの半径80kmの範囲内は避難すべきと勧告したことが大きかった」と石田氏は振り返る。特に放射線の有害性をよく知る放射線専門医が逃げ出すケースも目立った。