産業医科大学第2外科教授の田中文啓氏も、特定の標的分子を持っているかどうかが、がんの種類よりも重視されるようになる可能性はあると考えている。「クリゾチニブであれば、“肺がん”という分類よりも、がん種に関係なく“ALK変異陽性がん“か否かが、効くか効かないかを区別する物差しになり得る」と語る。

 その一方で、同じ分子標的の異常であっても、がん種によってがんの発生や進展における意味づけが異なる場合には、がん共通の物差しとはならない可能性もあると指摘する。

 「例えば、K-RAS遺伝子変異は多くのがんの発生や進展に重要な役割を果たしているが、肺がんと大腸がんではその意味づけが異なる。セツキシマブのような抗EGFR抗体は、大腸がんではK-RAS遺伝子変異の有無が効果を予測する因子(変異型の場合は無効で、野生型の場合のみ有効)であるのに対して、肺がんではK-RAS変異の有無と効果は関係がない模様だ。従って、今後、特定の分子標的に有用な薬剤の開発が進むと、がん種を越えてその(希少な)標的を持つ腫瘍には効果が期待できるが、実際に有効か否かはがん種の特性にも左右される」

殺細胞性抗がん剤の出番は?
 田中氏が指摘するようにがん化に関わるドライビング・フォースになる遺伝子変異が発見されても、がん化における比重が異なる可能性もある。この遺伝子変異の“重み付け”が治療効果を左右する場合があり、ひいてはレジメンの設計にも影響することになりそうだ。

 中川氏は「分子標的治療薬においてオーファンドラッグが増えていくことは自然な流れであるが、このような薬だけでがん治療が構成される日は、随分先のことであると思う」と展望している。「進行固形がんが治ることを実現するためには、これまでの殺細胞性抗がん剤や患者選択が困難な分子標的治療薬を患者選択が可能な分子標的治療薬と併用していく必要があるだろう」と同氏は語っている。

日本で発見されたEML4-ALK遺伝子
 クリゾチニブの標的であるanaplastic lymphoma kinase(ALK)をコードするALK遺伝子がNSCLC発病の原因となっているという事実は、自治医科大学ゲノム機能研究部教授の間野博行氏(写真)によって2007年のnature誌に報告された。同氏らは、臨床検体からレトロウイルスを用いたcDNA発現ライブラリーを構築し、マウスの培養細胞に挿入し、がん化状態であるフォーカスを形成するcDNAを選択するという手法で、NSCLCの原因となり得るEML4-ALK遺伝子を吊り上げた。
 この遺伝子はヒト染色体2番内の微小な逆位という種類の変異によるもので、この遺伝子が形成された結果、ALK遺伝子が持つチロシンキナーゼが恒常的に活性化し、細胞増殖シグナルを送り続ける結果、発がんしていることがその後の動物モデルを使った検討などから明らかになっている。nature誌2)に報告された間野氏らの論文は大きな反響を呼び、“Nature Medicine誌が選ぶ2007年の重要な発見10”に選定されている。
 間野氏は、これからのがん分子標的治療法の方向として、「発がんの直接的原因を抑えるものであること、そして原因変異のある患者だけに投与するものであること」の2点を挙げている。クリゾチニブは、間野氏が構想したがん治療を具現化した姿ということができる。

[文献]
1)Kwak EL, Bang YJ, Camidge DR, Shaw AT, Solomon B, Maki RG, Ou SH, Dezube BJ, Janne PA, Costa DB, Varella-Garcia M, Kim WH, Lynch TJ, Fidias P, Stubbs H, Engelman JA, Sequist LV, Tan W, Gandhi L, Mino-Kenudson M, Wei GC, Shreeve SM, Ratain MJ, Settleman J, Christensen JG, Haber DA, Wilner K, Salgia R, Shapiro GI, Clark JW, Iafrate AJ.Anaplastic lymphoma kinase inhibition in non-small-cell lung cancer.N Engl J Med. 2010 Oct 28;363(18):1693-703. Erratum in: N Engl J Med. 2011 Feb 10;364(6):588.
2)Soda M, Choi YL, Enomoto M, Takada S, Yamashita Y, Ishikawa S, Fujiwara S, Watanabe H, Kurashina K, Hatanaka H, Bando M, Ohno S, Ishikawa Y, Aburatani H, Niki T, Sohara Y, Sugiyama Y, Mano H.,Identification of the transforming EML4-ALK fusion gene in non-small-cell lung cancer.,Nature. 2007 Aug 2;448(7153):561-6. Epub 2007 Jul 11.