史上最少の患者でFDAに申請
 「今回の申請の最も画期的な点は臨床第1相試験とそれを拡大して実施された臨床第2相試験のみで申請されたこと」に近畿大学医学部内科学教室腫瘍内科部門教授の中川和彦氏は注目する。同氏によると、これは抗がん剤開発の歴史上最も少ない症例数でFDAに申請された例であるという。

 当初FDAは、EML4-ALK遺伝子を持つ肺腺がん患者の自然経過、通常治療を受けた場合の予後が不明であることを理由に第3相比較試験の実施を要請していた。仮に従来の第3相試験を行うとなれば、500例を登録するためには、その20倍の10,000例のNSCLC患者をスクリーニングしなければならないことになる。

 中川氏は、「肺腺がんの5%にしか認められない遺伝子異常を有する肺腺がん患者を対象とした第3相比較試験を実施することは企業にとっては大変な負担であり、検証するためにどれだけの期間がかかるかということを考える」と、このFDAの判断は間違っていると指摘してきた。今回FDAが第3相試験抜きで申請を認めたことは「大変喜ばしいこと」だと同氏は歓迎する。「早期臨床試験のみでの申請であり当然のことながらオーファンドラッグに認定される。オーファンドラッグに指定され、小さな臨床試験で認められないと企業はこのような薬剤の開発をするはずがない」

 今回クリゾチニブで採用された方法が普及すれば、現在の臨床試験に不可欠な統計学的手法の存在意義も揺らぐことになると指摘するのは、名古屋大学医学部附属病院化学療法部の安藤雄一氏だ。

 「今までは“原発臓器が同じであれば同じがんであり、期待できる治療効果や副作用の出やすさはどの患者も同じ”という前提で大規模臨床試験が行われてきた。そこでは、わずかな生存期間の差を検出するために症例数を増やしたり、(難解な)統計学的手法を駆使したりする努力がされてきた。今後は、原発臓器がどこかということに加えて、様々なバイオマーカーを利用して、たとえ少数例の試験であってもどのように対象患者を選択すれば治療効果が確かめられるのかという発想にシフトしてくるはず」

 抗がん剤臨床試験の統計解析に関わってきた名古屋大学大学院医学系研究科社会生命科学講座教授の坂本純一氏も、この安藤氏の意見に賛同するという。

 「大規模RCT(無作為化比較試験)で標準治療法を確定することについては、臨床試験の規模からも、またコストの点からもそろそろ限界が来ている。これからはバイオマーカーや遺伝子マーカーを指標とした個別化医療への道を拓いていくことが1つの重要な方向性だと思っている」

 既に、現在EML4-ALK遺伝子を有するNSCLC患者に限定した2次治療症例を対象にしたクリゾチニブとペメトレキセドまたはドセタキセルの第3相比較試験が国際共同治験として進行している。ちなみにこの治験には、日本から最も多くの症例が登録されている。この事実は、遺伝子マーカーによって対象症例を絞った臨床試験の重要性を最も深く理解した国が日本であることの証明でもある。「この日本の貢献がPfizer社を日米同時申請に導いた」と中川氏は考えている。

重視すべきはがん種か?標的か?
 治療効果を追求することががん研究の目的である以上、どのような標的分子を持っているのかがあらゆるがん種で問われる日が近づいている。現実にNSCLCでは、EGFR変異陽性肺がん、乳がんや胃がんでも「HER2陽性」というカテゴリーが出現している。あらゆるがんが原発臓器の種類以外に標的遺伝子発現の有無によっても分類されることになるかもしれない。

 事実、ALK遺伝子の活性化ががん化に関与している疾患が、悪性リンパ腫や腎臓がん、神経芽細胞腫でも報告されており、これらALK遺伝子が関与するがんは「ALKoma」と総称されている(表)。これらの疾患のいずれにもALK阻害剤が奏効する可能性がある。