─遺伝子変異の詳細な検索によって膵臓がんの疾病概念が新しくなる可能性もありそうですね。

Hruban その可能性はありますが、遺伝子変異の検索か顕微鏡下の観察かという二者択一にはならないでしょう。すなわち、これまで蓄積されてきた顕微鏡的観察と遺伝子情報は統合されるべきものと考えています。病理学者は1世紀以上にわたって、顕微鏡によって膵臓がんを慎重に分類し、その結果と腫瘍の挙動との相関を注意深く探ってきました。

─遺伝子解析が病気のタイプや感受性のある治療薬まで決めてくれるのであれば、将来は病理学者の武器は遺伝子シーケンサーになるのではないでしょうか。そして顕微鏡は不要になるのではないでしょうか。

Hruban 顕微鏡は不要にはなりません。10年前にマイクロアレイが登場した際には、「もう顕微鏡は要らない」という声もありました。しかし、それは誤りでした。組織学、病理学、そして新しい遺伝子解析が加わり、真の力になると考えています。単一の細胞についてであれば分子生物学や遺伝子変異に関する理解がモノを言いますが、それが組織を形成した場合には顕微鏡による注意深い観察と洞察が必要です。どちらかに偏った知識には限界があるものです。病理学者は組織学にもそして分子生物学にも精通していなければなりません。患者に対して最良の医療を提供するためには病理学者がこうした情報のハブとなる必要があります。ですから、顕微鏡無用論には明確に“ノー”といっておきたいと思います。

─最後の質問です。日本では、3月11日に震災があり、原子力発電の事故もまだ収束していません。来日に躊躇されませんでしたか?

Hruban 私を含む多くの米国民は、悲劇に立ち向かう日本人の姿に敬意を持っています。日本人は今回の出来事に対して、威厳を持って臨んでいるように思えます。さらに、日本人が見せた自己犠牲の姿は深く胸を打つものがあります。勇敢な人々が、原子力発電所に自ら赴いたことに深い感銘を受けました。日本に行くか、行かないかという問いかけは私にはありませんでした。私は喜んで日本に来たのです。

[文献]
1)Villarroel MC, Rajeshkumar NV, Garrido-Laguna I, De Jesus-Acosta A, Jones S, Maitra A, Hruban RH, Eshleman JR, Klein A, Laheru D, Donehower R, Hidalgo M.Mol Cancer Ther. Personalizing cancer treatment in the age of global genomic analyses: PALB2 gene mutations and the response to DNA damaging agents in pancreatic cancer,2011 Jan;10(1):3-8. Epub 2010 Dec 6.
2)Campbell PJ, Yachida S, Mudie LJ, Stephens PJ, Pleasance ED, Stebbings LA, Morsberger LA, Latimer C, McLaren S, Lin ML, McBride DJ, Varela I, Nik-Zainal SA, Leroy C, Jia M, Menzies A, Butler AP, Teague JW, Griffin CA, Burton J, Swerdlow H, Quail MA, Stratton MR, Iacobuzio-Donahue C, Futreal PA.The patterns and dynamics of genomic instability in metastatic pancreatic cancer.Nature. 2010 Oct 28;467(7319):1109-13.
3)Yachida S, Jones S, Bozic I, Antal T, Leary R, Fu B, Kamiyama M, Hruban RH, Eshleman JR, Nowak MA, Velculescu VE, Kinzler KW, Vogelstein B, Iacobuzio-Donahue CA.,Distant metastasis occurs late during the genetic evolution of pancreatic cancer.,Nature. 2010 Oct 28;467(7319):1114-7.