─PanINが膵臓がんの前駆病変であるということは、国際的なコンセンサスということができますか。

Hruban その通りです。科学のことですから、全ては変化し得るのですが、この点は国際的に合意されているといえます。この研究には自治医科大学教授の福嶋敬宜氏をはじめ、多くの日本人研究者の貢献がありました。このほかのIPMN、MCNも膵臓がんの前駆病変であることは国際的な合意事項となっています。

─PanINから膵臓がんまでの過程における遺伝子変化が重要と指摘していますね。どういうことですか。

Hruban まず考えなければならないことは、がんが遺伝子変異によって生じる病気であるという事実です。PanINから膵臓がんに至る過程では、4つの大きな遺伝子変異があることが明らかになっています(図1)。1つはK-RAS遺伝子の変異ですが、これはそれほど重要ではありません。さらに、CDKN2Aもしくはp16遺伝子の変異が加わります。最後に、TP53、DPC4もしくはSMAD4遺伝子の変異が加わり、膵臓がんになります。

─膵臓がんをより深く理解するために、遺伝子変異を詳細に追跡する手法が有効だということがよく分かりました。

PALB2遺伝子変異にはマイトマイシンCが奏効

─Hruban先生の研究は多岐にわたりますが、治療面ではゲムシタビン(GEM)抵抗性となった患者さんにマイトマイシンC(MMC)が奏効し、延命していると報告しています。MMCは日本でも適応はありますが、標準治療薬ではありません。なぜMMCを選択したのですか。

Hruban この研究は、私の共同研究者であるManual Hidalgoが行ったものです1)。彼はJohns Hopkins 大学(JHU)病院に入院中のGEM抵抗性となった膵臓がん患者から切除した組織をヌードマウスに移植して担がんマウスを作成しました。そのマウスに10種類の薬剤を試したところ、MMCが顕著な縮小効果を示すことを見出したのです。この患者は、腫瘍サイズも大きく、リンパ節と肺にも転移がありました。このような患者がGEM抵抗性を獲得すると生存期間は6カ月程度というのが普通ですが、MMCを投与したところ、4年が経過した現在も生存中という驚くべき結果を得ました(図2)。

 並行して、我々は腫瘍の全ての遺伝子の塩基配列を決定しました。するとPALB2(partner and localizer of BRCA2)遺伝子に変異があることを発見しました。つまり、PALB2遺伝子に変異が入っている患者ではMMCが奏効する可能性が高いのです。

 この研究から得られた教訓の1つは、異種移植マウスを使った事前の薬効評価による治療薬の選択が治療法の決定手段として期待が持てること、もう1つは、がん組織の包括的な遺伝子解析が、今後、治療薬の選定に有力な手段となり得るということです。

─この手法は膵臓がんの新しい治療モデルとなりそうです。

Hruban 近い将来、膵臓がんの治療薬は遺伝子変異をバイオマーカーにした個別化が進むことになるでしょう。がんの遺伝子変異をもとに、同じがん種であっても、患者が異なれば異なった治療薬が選ばれることになります。同様のことは、肺がんなどほかのがんでもいえるようになるはずです。