4.FDAの「がん治療用ワクチンのための臨床的考察―企業向けガイダンス」について

 2009年9月にFDAより出された「Clinical consideration for therapeutic cancer vaccines- Guidance for industry」6)は、がんワクチン臨床評価の国際的標準に関する考え方を示したものである。これは、ガイダンスであり、ガイドラインではない。即ち「このガイダンスに基づき、がんワクチンの臨床評価に関する議論を進めてください」との提案である。がんワクチンの研究を行っている研究者はこのガイダンスを金科玉条の如く考えると共に、このガイダンスは抗悪性腫瘍薬臨床評価法のガイドラインと全く異なるものと考える場合が多いと感じるが、他の薬剤の臨床試験に携わっている臨床腫瘍医の目から見れば基本的に特に変わったことは書いていない。

 このガイダンスの特色と思われる点をピックアップし、それに対するコメントを加える。

A:作用発現までの時間
 「ペプチドワクチン療法の過程では抗原提示、抗原処理、T細胞の活性化、腫瘍局所へのmigration、T細胞による腫瘍細胞の破壊の一連の過程にはin vivoで相当な時間を必要とする。従って、ワクチンの開発はがん治療のための従来の細胞障害薬剤や、生物製剤の開発とは異なった臨床試験デザインを考慮する必要がある」と記載されている。

 “相当な時間”とはどの位か、CTLが誘導されるには抗原刺激後7〜14日、migrationはすぐに生じると思われ、腫瘍破壊も51-Cr release法で測定すると4〜5時間で認められる。従って、他の抗悪性腫瘍薬による殺細胞能発現とは大きくは異ならない。

 “異なった臨床試験デザイン”とはどのようなものを念頭に置いているのか。Patient benefitの観点からはOS、生活の質(QOL)、ペプチドワクチンの生物活性の観点からは腫瘍特異的免疫応答、奏効率、PFSなどをエンドポイントとした臨床試験である点は他の抗悪性腫瘍薬と変わりない。

B:臨床試験の対象となる患者集団
 「転移を有するがん患者の場合、投与開始から病状悪化までの期間が短い可能性があり、従来のようながんワクチンの評価では活性及び有効性評価に必要な抗腫瘍免疫反応を得るまでの時間を確保できない可能性がある」と記載されている。

 このような患者では担がん状態のため、あるいは他の殺細胞抗悪性腫瘍薬による化学療法や放射線治療のため免疫応答が低下しており適切な抗腫瘍免疫反応を誘導できない可能性もある。しかし、適切な患者選択のための手段はない。仮にvalidateされた方法で特定の集団を選択したとしてもそのような選択が適切であるというコンセンサスはない。従って、現実的にはPSや、臨床的に予測される生命予後の期間などに基づき患者選択をすることになるが、この選択基準は他の抗悪性腫瘍薬臨床評価の場合とほぼ同じといえる。

 「残存病変のない患者や、微小ながんを持つ患者にがんワクチンを投与することで、がんワクチンによる免疫活性化のための適切な時間を確保することができる」と記載されている。これらの患者では恐らく免疫能の低下も少ないと推察される。しかし(1)早期臨床試験をこれらの患者を対象に行うこと、(2)進行がんでの治療効果に関するデータがない状況下で根治可能症例に対する比較試験を行うことに関しては、殺細胞性抗悪性腫瘍薬、他の分子標的治療薬についても同様の倫理的な問題があり、この点について十分議論を尽くした上でのコンセンサスが必要と思われる。

 進行がんを対象とした臨床試験は比較的短期間で結果の出ること、一方で残存病変のないまたは、微小病変を有するがん患者での試験は結果を出すのに時間のかかることは、ペプチドワクチンの臨床試験に限ったことではない。

C:特異抗原の発現と免疫反応の捻出
 「ペプチドワクチンの場合、個々の患者の腫瘍組織における標的抗原の発現を測定するアッセイ法を開発し、患者選択時にそれらの情報を用いることを模索するだけでなく、免疫反応モニタリングにもそれを考慮すべきである。早期臨床試験では用量とスケジュールを最適化するため、後期臨床試験では臨床効果のパラメーターと免疫反応の種類や強度との比較データを得るためのアッセイ法の開発が必要である」と記載されている。

 この点がペプチドワクチンの臨床開発にとって最も重要であり、かつ特異的な課題と考えられている。もちろんペプチドワクチン療法が単独で十分な抗腫瘍活性を示せる場合、このように面倒なアッセイ法が要求されることはないかもしれない。即ち臨床的抗腫瘍活性が不十分であるが故に精密なPOP Studyが必要ともいえる。FDAのガイダンスでは2種類以上の免疫、アッセイ法が推奨されており、そのvalidationの必要性等が詳細に記載されているが、現時点では満足すべき方法はない。ガイダンスにはDTHに関する記載しかないが巷間ではエリスポット法等がよく行われている。しかし、これらの免疫アッセイ法を用いた反応が臨床効果を反映するか否かは研究段階といえる。がん増殖のドライビング・フォースとなる遺伝子に対する治療薬のように確実に臨床効果を予測し得る免疫アッセイ法は存在しない。