わが国では2010年10月15日の朝日新聞がワクチン接種による有害事象に関し、ペプチドワクチン臨床試験の倫理性に疑問を呈する記事を掲載している。この件は、訴訟に発展しており、事実関係についてはここで明言することはできないが、この記事はオンコセラピー・サイエンス社(OTS)の治験と東京大学医科学研究所が行っている自主研究を混同したことに基因した可能性が指摘されている。仮にそうであるとすると、未承認薬に関わる全ての臨床試験を治験と治験枠以外でも行えると共に、自主研究と実地医療を混同して議論するわが国の臨床研究体制の在り方にも改善すべき点が残されていると指摘できるのかもしれない。月刊「MediCon./集中」誌でも指摘されているように、メディアは表現の自由を持っているもののそれは真実を報道する自由であって、自身の意見や考え方が決して真実を上回るものではないことを常に認識する必要があることを示した例ともいえるだろう。

3.ペプチドワクチン療法の問題点

 著者には以前、厚労省中央薬事審議会の調査委員として、免疫賦活療法剤nocardia rubra-cell wall skeleton(N-CWS)を用いた肺がんの免疫療法の承認審査を行う機会があった。臨床試験の方法と結果に関する調査を担当していたが、審査はそこまで進むことなく終了した。N-CWSの分子量、構造式が明確でないことに加え、投与量と生物活性に直線関係(dose-response)を認める成績、即ちPK/PDのデータがないことを審査員の1人である基礎研究者により問題点として指摘された。この疑問に対する回答が出されることなく第3相試験を終了したにもかかわらず薬剤開発は中止された。

 この審査内容は極めて重要な示唆をしている。即ち(1)免疫療法として用いる化合物が物質として確かなものであること、(2)ヒトに投与した場合のproof of principleが明瞭に証明できると共に、PK/PD解析でdose responseが明らかなこと、の2点の解決が必須である。ペプチドワクチン療法は(1)の問題は解決しているが故に独立した治療法の名称がついている。しかし(2)の問題は現時点では未解決である。

 非臨床から臨床へのGO/NO GO decisionを誰が、何を頼りに行うか?実験腫瘍を用い、動物腫瘍から得たペプチドワクチンを用いた治療で強力な抗腫瘍効果を認め、POPデータ、PK/PDデータが十分あったとしてもそのペプチドワクチンは実際に患者に投与するものとは全く別物である。ヒトのペプチドワクチンはin vitroでの直接的細胞傷害作用を認めることはない。また、ヒトの腫瘍を実験動物(immunocompromized mice/rats)に移植しヒトのペプチドワクチンのin vivo抗腫瘍効果を検討することは全くナンセンスである。ヒトと全く同じ免疫能を持つ動物の作成は理論的にも現実的にも不可能である。従って、臨床で用いるヒトのペプチドワクチンについては、動物実験なしにヒトで研究を開始せざるを得ない。

 臨床での第1相試験ではPOP study及びPK/PDを分析することになる。まずpharmacokineticsは投与量やクリアランスの関係もあり、血中濃度の上昇が不十分で恐らく検討は不可能に近いと推定される。POP studyはpharmacodynamicsの一部と思われるが、(1)ペプチド抗原とmajor histocompatibility antigen(MHC)がドッキングしてHLA 拘束的にAPCに提示していること、(2)APCが細胞障害性T細胞(CTL)と反応してCTLを活性化すること、(3)CTLが腫瘍局所に効率よく集まること、(4)CTLが腫瘍細胞を破壊し抗腫瘍効果を示すことをsystematicに分析することは難しい問題である。実際に学会などで発表される成績においても、これら全過程の一部のみが呈示されることが多い。仮に全過程が示される講演の場合でも各々のエビデンスは異なる研究室の成績であったり、同じ研究室の研究成績であっても同一患者についてこれらの4過程を示してはおらず、延命との因果関係を明瞭な説得力を持って示した成績は皆無である。

 実際は(1)毒性の観察、(2)エリスポット法や、ペプチド抗原に対する遅延型皮膚反応(DTH反応)などによるkiller T細胞の誘導の間接的証明、(3)結果としての腫瘍縮小効果、生存期間の延長の観察になると思われる。N-CWSの審査の経験からは投与量とこれらの生物反応に定量性(dose-response)が必要である。

 ペプチドワクチン療法が腫瘍縮小をもたらし難い(RECISTがガイドラインでは評価できない)とする議論は先に述べたPOP Studyの過程を考えると矛盾している。最終的にkiller T細胞が適切に感作され、活性化され腫瘍局所に効率良く集まった場合、腫瘍細胞は破壊され、死滅する。従って、がんは多少なりとも縮小するはずである。もし縮小しないとすれば、CTLの活性化、CTLの腫瘍局所へmigration、CTLの殺細胞能などCTL側に問題のある場合、及び、腫瘍細胞のheterogeneityにより抗原性のないがんに対し殺細胞効果を示せない場合のいずれかによると思われる。いずれにせよ、抗腫瘍効果のmagnitudeが不十分な状況である。よくlong NC/SDに意味を持たせようとする議論もある。もしCTLがlong NC/SDに何らかの型で関与しているとすればCTLによるがん細胞の破壊と、腫瘍増殖のスピードがうまくバランスを保っている状態と思われるが、そのような状況が長期続くとは思われず、long NC/SDはあくまでも腫瘍の生物学的特性を見ているにすぎないと考えた方がよい5)。患者の生存期間については次の項で議論する。