がんペプチドワクチンに期待が集まっている。この治療の最大の課題は、従来の評価方法によって薬効の評価ができるのかどうかにある。時に免疫療法に見られる独特の理屈は科学的に成立し得るのか。永年、がん化学療法の評価に携わってきた近畿大学医学部特任教授の西條長宏氏に解説してもらった。


1.はじめに

 ヒトのがんに腫瘍抗原があり、それに対する免疫応答があることは様々な実験により証明されている。生体に存在するがんに対する抵抗力を強化することにより治療効果を得ようとする免疫療法の1つにペプチドワクチン療法がある。Boon Sが1993年にメラノーマのがん関連抗原をペプチドレベルで同定して以来、様々ながん種でペプチドワクチン療法が試みられてきた。2010年には前立腺がん治療ワクチン「Provenge」(後述)が米国で承認され、それ以外にも数多くの第3相試験が展開されている。

 一方、わが国でもようやくペプチドワクチン療法が治験として行われるようになり、がん治療として開発される気運が高まっている1)。従来のペプチドワクチン療法の研究は、それを開発した研究者が、古くから免疫療法に興味を持ちつつも、必ずしも臨床試験を専門としない臨床家と共に、あたかも丹精をこめて手入れしてきた盆栽に対する蘊蓄を傾けるが如き方法で行われてきた。本稿では、ペプチドワクチンの科学的評価をいかにすべきかについて論じたい。


2.最近の話題

 Sipuleucel T (「Provenge」、 米Dendron社)は、前立腺酸性ホスファターゼ:prostatic acid phosphotase(PAP)抗原を標的とする活性化免疫細胞製剤である。通常のペプチドワクチン療法は、ペプチドそのものを(アジュバントと共に)投与することが多いが、Sipuleucel Tは、PAPと顆粒球マクロファージ・コロニー刺激因子(GM-CSF)とのfusion蛋白であるPA2024の存在下で末梢血より分離した樹状細胞(antigen presenting cell:APC)を培養した後、患者に輸注するものである。Sipuleucel Tのpivotal trial は512例の症状のない転移(+)のアンドロゲン非依存症の前立腺がん患者を対象にIMPACT試験(Immunotherapy for Prostate Adenocarcinoma Treatment Trial)として行われた2)

 この試験は多施設共同無作為化比較試験であったが、Sipuleucel群では対照群と比べ4.1カ月の全生存期間(OS)の延長、24.1%の死亡リスクの低下(ハザード比0.759、p= 0.017)を認めた。Sipuleucelの臨床第2相試験でも全生存期間(OS)に対して同様の効果を認めたため、米食品医薬品局(FDA)はIMPACT試験結果による再現性の証明を待って承認した。米国ではMedicareが11月19日にSipuleucelの保険償還を推奨している。

 Vitespen(「Oncophage」:Antigenetics社)は接触したペプチドと結合する性質を持ったheat shock protein(HSP)を用いたワクチンで、Antigenetics社ではHSPと各々の患者の腫瘍細胞を混合することによって腫瘍抗原として作用する患者特有のペプチドワクチン製造方法を開発した3)。この方法ではペプチドワクチンは患者ごとに異なるため、まさに個別化治療そのものといえる。

 ロシアでは2008年4月再発リスクが中程度の腎細胞がんに対する術後補助療法として承認されている。欧州医薬品庁(EMEA)でも腎細胞がん、神経膠芽腫治療薬として希少疾病用医薬品に指定されている。米国では大規模な比較試験が進行中である。

 一方で、2010年の米臨床腫瘍学会(ASCO会議)のplenary sessionではペプチド抗原の効果を否定するような比較試験の結果が報告された4)。前治療のある悪性黒色腫に対し、(A)ipilimumab+gp100(メラノーマに発現している抗原ペプチド)、(B)ipilimumab+placebo、(C)gp100+プラセボ3群比較の臨床試験である。ipilimumabはT細胞上のCTLA4に対する抗体でこれをブロックすることによりT細胞上のCD8と抗原提示細胞(APC)上とのB7が効率よく結合しT細胞機能が亢進すると考えられている。この3群比較では(C)群に対し(A)群及び(B)群では有意にOSが延長したが、(A)群及び(B)群では差がなく、むしろgp100を含まない(B)群のOSが良好な傾向を示した(無増悪生存期間:PFSも同じ)。即ちipilimumabを投与した場合、gp100を投与する意義はないと思われる(図1、表1)。この成績に基づき米国のBristol Myers Squibb社(BMS)ではFDA、EMEAに承認申請を行っている。