分子標的治療薬の生物活性検討の場合chemical assayで標的阻害能を検討することも多いが、このassay条件は全く人工的な場合が大半で、このassayで得られたIC50値をヒトのがんの治療に当てはめることには無理がある。われわれが検討した細胞株のうち、東京医科大学で樹立された肺がん細胞株PC-9細胞とわれわれの研究室で樹立したPC-9シスプラチン耐性株(PC-9/CDDP)、及び慢性骨髄液白血病由来のK562細胞からやはりわれわれの研究室で樹立したTPA耐性株(K562/TPA)の3株に対するZD1839のIC50値は他の細胞株の約1,000分の1であった(表4)。

 この時われわれが注目したのは、残念なことにK562/TPA耐性株が高い感受性を示す事実であった。K562/TPAはリガンドの非存在下でもEGFRの自己リン酸化が亢進している(PC-9も同様であることは後日判明した)とともに、ZD1839の極めて低い濃度によってもリン酸化は抑制された。しかしK562/TPAのEGFRには変異を認めなかった。またアシアロGM1処理ヌードマウスに移植したK562/TPAの増殖を完全に抑制した。この結果は2001年6月にInt. J. Cancer誌に投稿し12月にaccept、12月28日にon lineでpublishされている。一方、後日EGFR変異の判明した肺がん細胞株であるPC-9及び、PC-9/CDDPに関しては着目しなかった。

 ZD1839の第1相試験及び第2相試験(IDEAL1)が各々1999年4月、2000年10月、及び2000年10月〜2001年1月の間に行われプラチナ製剤を含む化学療法が無効となったNSCLCに対し、高い奏効率が示されていた。われわれは「母細胞に遺伝子変異を生じると薬剤耐性が生じる」というworking hypothesisの下に研究を進めてきた。従って標的遺伝子の変異は薬剤耐性に結び付くが、高い感受性を誘導するとは夢にも思わなかった。

 2004年にLynchとJohnsonにより「EGFR変異によってZD1839感受性が亢進する」と報告されたが、残念というよりはあっけにとられたという感じの方が強かった。この時は自然科学者としてのセンスのなさを自覚せざるを得なかった。われわれがPC-9細胞のEGFRに変異があり、そのためにEGFR-TKI(EGFRチロシンキナーゼ阻害薬)に高感受性を示すことを関連づけたのは同じAstraZeneca社のZD6474の抗腫瘍機構の解析中である。この論文は2004年7月Cancer Res.誌に投稿し、10月14日にacceptされている。「時すでに遅し」であり、以前より持っていた宝物の有効利用ができなかったことは今も悔やまれる。 

 変異原物質を用いZD1839耐性細胞(PC-9/ZD)も作製した。この結果はInt J. Cancer; 2005, 116:36-44に発表している。現在EGFRに活性化変異のある細胞が耐性化する機構として(1)T790Mの2次変異、(2)MET遺伝子の増幅、(3)肝細胞増殖因子(HGF)の高発現などが知られている。PC-9/ZDは、PC-9母細胞と比べZD1839に対し約180倍耐性を示したが、EGFR発現は同程度で差がなく、EGFRのsequenceも当時の手法では同じであった。後日T790M変異の存在が判明しているPC-9/ZDでは、他のEGFR-TKIに対しても交叉耐性を示すと共に、EGFR/HER2、EGFR/HER3 heterodimer形成の増加が見られたが、ZD1839との接触によるheterodimer形成の増加はなかった。この細胞の下流のシグナル伝達機構の検索ではadaptor蛋白によるシグナル伝達の変化がZD1839耐性を引き起こしていると結論した。活性化変異による耐性を克服する様々な検討が行われているが、この分野においても、われわれの着眼点は良かったものの、それ以上の研究展開に結び付かなかったことについては悔やまれる。
(以下次号に続く)

(本稿では基本的に一般名“ゲフィチニブ”、およびコード番号ZD1839の表現を用いず全て“イレッサ”と表現した。販売促進のためではなく、医師以外の一般のヒトが読んでも十分理解できるようにと考えた上での配慮である。なお、著者とAstraZeneca社との間に特記すべき利益相反は存在しない)

[参考文献]
1)西條長宏、笹子三津留、横田淳編集、「がん用語解説集」、エルゼビアサイエンス社、2002年12月
2)加藤治文、西條長宏、福岡正博、小林紘一、海老原春郎、井内康輝、早川和重 編集・監修、
「肺癌の臨床」、M00K2008-2009,篠原出版新社、2008年3月
3)西條長宏 編集、「抗悪性腫瘍薬〜肺がん〜」、医薬ジャーナル社、2008年3月
4)西條長宏 監修、「癌の基礎から臨床へ:ベンチからベッドサイドへ」、篠原出版新社、2008年10月
5)西條長宏 編集、「日本臨牀 増刊号、がん薬物療法学―基礎・臨床研究のupdate」、
日本臨牀67巻臨時号、2009年1月
6)西條長宏、加藤治文 編集、「肺がんー改訂3版」、医薬ジャーナル社、2009年2月
7)西條長宏 監修、「肺がん化学療法2009」、エルゼビアジャパン社、2009年6月
8)西條長宏 監修、「がんの分子標的治療2009-2010」、ディープインパクト社、2009年9月
9)日本臨床腫瘍学会 編集、「入門腫瘍内科学」、篠原出版新社、2009年10月
10)日本臨床腫瘍学会 編集、「新腫瘍腫瘍学 改訂第2版」、南江堂、2009年11月
11)西條長宏、西尾和人 編集、「がん化学療法・分子標的医療update」、中外医学社、2009年10月
12)西條長宏 編集、「抗悪性腫瘍薬―分子標的治療薬」、医薬ジャーナル社、2010年7月
13)西尾和人、西條長宏編、「がんの分子標的と治療薬事典」。羊土社、2010年10月
14)西條長宏 監修、「EBMがん化学療法・分子標的治療法」、中外医学社、2010年11月 
15)西條長宏、「がん免疫療法の進歩と問題点」、Mebio,メディカルレビュー社、2010年12月