制吐薬としてはドパミン受容体拮抗薬のメトクロプラミド(商品名:プリンペランなど)しかなく、1回投与毎に、初日はプリンペラン50Aをずらりと並べ、シスプラチン投与前に用いた。錐体外路系の副作用も出現するなど苦労したがその後5HT-3受容体拮抗薬も開発され、また最近はNK1受容体拮抗薬も承認され、以前に比べると、楽に抗悪性腫瘍薬による治療を進めることができるようになってきている。

 1990年代の後半に入り、塩酸イリノテカン、パクリタキセル、ドセタキセル、ビノレルビン、ゲムシタビン、2000年以後はペメトレキセド、TS-1などいわゆる第3世代及びそれ以降の抗悪性腫瘍薬が開発された。大半の薬剤の開発に係わったが1970年代に用いていた抗悪性腫瘍薬と比べ、抗腫瘍活性の高さを実感した。

 第3世代の薬剤とプラチナ製剤(シスプラチンまたはカルボプラチン)の併用(プラチナダブレット)がGrallaのレジメンよりも優れていることが示され、現在の標準的治療が確立された。この過程には数多くの比較試験が行われているが、わが国からもFACS試験(Four Arms Cooperative study;CDDP+CPT-11をコントロールとしたCDDP+GEM,CDDP+VNR,CBDCA+PACの4群比較試験)、ドセタキセル+シスプラチン対Grallaのレジメン、最近ではLETS試験(Lung cancer Evaluation of TS-1;1stlineでカルボプラチンと経口フッ化ピリミジン誘導体TS-1の併用がOSでカルボプラチン+パクリタキセルに対し非劣性を示すかを検討したランダム化第3相試験)がグローバルコンセンサスの確立に寄与している。

 わが国ではがん化学療法は主として外科医により行われてきた。肺がんの場合もテガフール(FT)から進化したUFT単剤を使用していた外科医は多数存在するし、薬の売上額も多かった。最近ではさらに強力なTS-1が開発されているが、主に臨床腫瘍医(腫瘍内科医)がNSCLC薬物療法をリードしているといえる。その立役者として活躍したのは第1世代では太田和雄先生、仁井谷久暢先生、太田満夫先生、木村郁夫先生たちであり、第2世代は福岡正博先生、有吉寛先生、及び私たちのグループであった。第1世代の間は単一施設での研究が主流であったが、第2世代となると国際的に評価される研究の必要性を認識し、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)や西日本がん研究機構(WJOG)を中心とした共同研究が中心となってきた。

 現在はその基本的な考え方を踏襲した若い先生方が各地で優れた研究を展開されているのを見るにつけ、頼もしい限りと思うと共に、国からのサポートの必要性が身にしみて感じられる。第3世代の殺細胞性抗悪性腫瘍薬の登場はNSCLCの治療成績を一歩前進させたことは確かであるが、多くの比較試験が進むにつれ、これらの薬剤効果の限界も見え始めた。研究者の間では「NSCLCの化学療法はプラトーに達した」との空気が支配的になりつつあった。このような背景の下“イレッサ”が登場してきた。

殺細胞性抗悪性腫瘍薬と分子標的治療薬
 分子標的治療薬とは遺伝子変異の蓄積により発生した(重要な遺伝子変異の場合は、単独の変異でもがん化することもある)がん細胞自身、或いはがん細胞が生存、増殖するための環境の生物学的特性を選択的に修飾することによって結果的に抗腫瘍効果を得ようとする試みである。分子標的治療薬は(1)治療の標的分子が存在し、その機能を抑制する(2)in vivoで抗腫瘍活性を示す(3)in vivoでの抗腫瘍活性を標的分子の機能抑制によって説明し得る(proof of principle)の3条件を持つとされている。殺細胞性抗悪性腫瘍薬にもやはり標的分子が存在し、in vivo抗腫瘍活性を示す等、この3条件を満たしている。

 また従来の殺細胞性抗悪性腫瘍薬はin vitro、in vivo抗腫瘍活性のある化合物を探索し作用機構の解明は後からついて来る。一方、分子標的治療薬は最初に標的ありきでその標的を選択的に修飾する薬剤を探索すると言われたこともあった。しかし最近では殺細胞性抗悪性腫瘍薬についても最初に標的ありきの探索になってきている。ではどこが異なるのか。

 標的分子が正常細胞、正常組織にはないが、がん細胞上に存在し、がん環境の生物学的特性にかかわる点が根本的に異なる。しかし、in vivoでの抗腫瘍活性を標的分子の機能抑制によって説明し得る化合物は少ないと共に当初意図された標的と真の標的が異なる場合も経験されている。“イレッサ”の場合はまさにこれが当てはまり、最初は野生型EGFR(EGFR-wt)が標的と思われていたが、実際は変異型(EGFR-mt)のみであることが証明されてきた。最近は多標的分子標的治療薬が多くProof of principleの証明は困難を極めるようになってきている。

 分子標的治療薬は製剤的にmacromoleculeと小分子の化学物質に分類される。macromoleculeとは抗体、遺伝子治療、細胞療法、ペプチド抗原療法などである。このうち現在薬として使用可能なものは米国で2010年に承認された前立腺がん用樹状細胞ワクチンのProvenge(R)を除けば抗体療法のみであり、他は製剤自体の問題、抗腫瘍効果のmagnitude不足などもあり、基礎研究の段階が続いている。

 小分子物質は化学構造と分子量が明確な化合物であり遺伝子産物の機能を抑制したり、抑制遺伝子の機能を付与したりすることで効果を示す。また、分子標的治療薬はがん細胞自身の分子生物学的特性を修飾する薬剤と、がん環境の分子生物学特性を修飾する薬剤に分類される。“イレッサ”は前者であり最近注目を集めている血管新生阻害薬のベバシズマブは後者である。

 当初の分子標的治療薬は、細胞増殖抑制作用(cytostatic effect)は示さず、RECIST基準(固形がんの治療効果判定のための国際基準)では評価できない、あるいは「評価することはナンセンス」とする議論がまことしやかになされた。しかし、臨床試験が進むにつれこれは真っ赤なウソであり、特にがん細胞自身の分子生物学的特性を標的とした中でもがん細胞増殖のドライビングフォースとなる遺伝子異常を標的とした“イレッサ”、エルロチニブ(標的遺伝子;EGFR-mt)、ALK阻害剤(同;EML-4/ALK)、イマチニブ(同;BCR-ABL,cKIT-mt)、b-RAF阻害剤(同;bRAF-mt)などは驚くほど切れ味の良い腫瘍縮小効果を示し奏効率も高いことが証明されてきた。リツキシマブ、トラスツブマブなどの抗体単独での奏効率は高くないものの、腫瘍血管の新生を阻害してがん環境に作用するベバシズマブでさえ単独で腫瘍縮小効果を示し従来の殺細胞性抗悪性腫瘍薬との併用で優れた治療効果をもたらし、新しい標準的治療の確立に寄与している。