その後10年間は、NSCLCに対しては抗がん剤が本当に効くか否か疑問に感じたため、入手可能な抗がん剤単剤を用いた第2相試験を順次行った。10%を超える奏効率を示した薬剤はビンデシン、シスプラチン、カルボプラチンのみであった(表1)。多くは1例も奏効例を経験しておらず、多くても部分奏効(PR)2例を認めたに過ぎなかった。

 その頃に筆者が書いた原稿には「NSCLCに対し、単剤で15%以上の奏効率を示す薬剤はactive drugであり、副作用の重複しないactive drugをfull dose併用することにより治療効果の向上をもたらす」と記載してある。しかし、15%以上の奏効率を示す薬剤自体存在しなかった。1980年代の前半米国でも苦労しており、多剤を組み合わせたレジメンがNSCLCに対し用いられていた(表2)。わが国でも国立がんセンターのマイトマイシンC単独を除き、3〜6剤を併用した多剤化学療法が行われていたものの治療効果の向上は殆ど経験されなかった。

 わが国におけるNSCLCに対する最初の比較試験はペプレオマイシンが承認された時期に行われたもので(1)ペプレオマイシン+マイトマイシンC対(2)ペプロマイシン+カルバジルキノンといずれも国産の抗がん剤を用いたものであった。今から思えばサンプルサイズ、rationaleなどの検討が何もない状況下、当然ながらインフォームドコンセントもなく、プロトコルはA4用紙1枚の投与スケジュールの模式図を書いたものしかなかった。(1)及び(2)のレジメンに、それぞれ27、26例がエントリーし、奏効率は14.8%及び11.5%、生存期間中央値(MST)は25及び33週であった。間質性肺炎を7名(13%)に認め、全例肺線維症で死亡した(致死率は“イレッサ”の約10倍)。結論として、この両レジメンは毒性が強くNSCLCに対し無効であることが示された。今から思うと、とんでもない比較試験であったが当時の学問レベルでは高評価を受けCancer Treat Rep誌に掲載された(表3)。

 その頃、国立がんセンターと米国ニューヨーク州のMemorial Sloan Ketteringがんセンター(MSKCC)とのカンファレンスが行われていた。Richard Gralla博士がシスプラチン+ビンデシン併用療法をNSCLCに対し行い、高い奏効率と優れた生存期間を示すことを発表した。後の“Grallaのレジメン”である。このレジメンは第3世代の抗悪性腫瘍薬が誕生するまで15年間使われ続けた。シスプラチンとビンデシンはいずれも奏効率15%で、併用する薬剤としても自説と合致していた。この2剤併用に注目して投与量を変えるなど、いろいろな試みを展開した。

 国産品からグローバルスタンダードへの方向転換でもあり、先輩たちからはあまり良い評価を受けなかった。シスプラチンは腎毒性があるため、扱いにくい抗悪性腫瘍薬である。また嘔気・嘔吐が強く、標準的制吐療法のない時代であったため、看護婦(今の看護師)さんたちをおだてあげ、制吐療法の比較試験も行った。シスプラチンの投与は十分な利尿を得るため大量の補液を必要としたが、それでも腎毒性が強かったため40mg/m2、60mg/m2、80mg/m2、100mg/m2、120mg/m2(Grallaは60mg/m2と120mg/m2を用いていた)と増量試験を行った。80mg/m2までは問題なかったが、100mg/m2、120mg/m2では腎毒性を認め、至適投与量を80mg/m2と決定した。この量は現在も使用されている。