イレッサ(一般名:ゲフィチニブ)は、2002年1月25日に申請され、同年7月5日に「手術不能又は再発非小細胞肺癌」の治療薬として承認された。その後は間質性肺炎の発生が社会問題となり“薬害裁判”が起こされる事態に見舞われる。一方で、臨床データの解析や分子生物学による検討が進み、個別化医療の尖兵としても目されている。がんの薬物療法を展望する上で時代を代表する薬剤ということができる。この薬剤と基礎研究の時代から付き合いがある西條長宏氏に、イレッサの運命と日本のがん治療の歩みを振り返ってもらった。


(イラスト◎なかがわ みさこ)

プロローグ
 “イレッサ(R)”は商品名であり、同じ上皮増殖因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)には“タルセバ”(一般名:エルロチニブ)もある。現在非可逆性EGFR-TKIも含め数多くの新しい化合物の臨床試験が進行中である。“イレッサ”のコードネームはZD1839であり筆者は原稿を書く際、主としてこの薬剤の一般名ゲフィチニブを今まで使用してきた。“イレッサ”による間質性肺疾患、肺線維症に関する裁判では国側の証人として出廷する機会があったが、原告側弁護人が後出しじゃんけんの如く、承認前の化合物についても“イレッサ”と言う表現をすることには少なからず違和感を覚えた。確かに承認後については“イレッサ”でよいが、承認前の非臨床・臨床試験の段階ではZD1839かゲフィチニブと表現すべきと思われる。

 “イレッサ”は当初副作用が少なく著明な効果を示すため、メディアや臨床試験にあまり詳しくない医師らは、夢の薬ともてはやした。肺がん治療の専門家の側も、血液毒性は少なく、効く患者に対しては鋭い切れ味を示すため、肺がん治療のオプションが拡がったと感じたものの、効力がない患者には全く効かないこともあり“夢の薬”というような感覚はなかった。しかし、複雑なシグナル伝達機構の1カ所を修飾することによって、あっという間にがんが縮小したり消失したりすることには正直驚いた。厚生労働省もドラッグラグを少しでもなくすため2002年7月早期承認をしたが、その後数多くの患者が間質性肺炎を起こし、その約半数が肺線維症で死亡した。開発した英国AstraZeneca社の日本法人であるアストラゼネカや厚労省はそれに対し様々な対応を取ったが、周知のごとくメディアのいい餌食となった。夢の薬と言った覚えもない専門家も非難の対象となった。加えて外国でも国内でも数多くの比較試験が行われたが多くはnegative dataに終わった。研究者としてもある程度の奏効例が見られるにもかかわらず、全生存期間(OS)に全く差を認めないことについては説明することはできなかった。殺細胞性抗悪性腫瘍薬の場合はもっと低い奏効率であってもOSの延長を認めるのとは好対照の成績であった。

 比較的早い時期に“イレッサ”の効きそうな患者の臨床病理学的特性が明らかにされ、それらの症例に限定した臨床試験として計画されたのがIPASS試験(IRESSA Pan-Asian Study;アジア人、非喫煙者および軽喫煙者の腺がん患者のみを対象としてゲフィチニブvs.カルボプラチン+パクリタキセルの無増悪生存期間[PFS]を比較するランダム化第3相試験)及びFirst-SIGNAL試験(非喫煙者の腺がん患者のみを対象としてゲフィチニブvs.シスプラチン+ゲムシタビンのPFSを比較するランダム化第3相試験)であり、“イレッサ”の真の分子標的であるEGFR変異を持つ患者に対して行われたstudyがNEJ002試験(ゲフィチニブvs.カルボプラチン+パクリタキセルのPFSを比較するランダム化第3相試験)、WJTOG3405(ゲフィチニブvs.シスプラチン+ドセタキセルのPFSを比較するランダム化第3相試験)であった。

 数多くの臨床試験が明らかにしたことは(1)“イレッサ”はEGFR変異患者に対し、目覚ましい抗腫瘍効果(高い奏効率と長いPFS)を示すこと、(2)EGFR変異のない患者には殆ど効かないこと、(3)殺細胞性抗悪性腫瘍薬との比較試験で薬が効かない時、他の薬に乗り換えるのが可能なクロスオーバーデザインの場合、“イレッサ”は後で投与しても十分効くためOSに差を認めないこと、(4)欧米人とアジア人でEGFR変異を持つ患者の頻度が異なり、“イレッサ”は欧米人、及びアジア人に対しては全く別の薬剤であること、(5)間質性肺炎の頻度は日本人でのみ特異的に高いことなどである。

 厚労省が“イレッサ”を承認した2002年7月の時点では、このいずれについての成績もなかった。わが国では薬剤開発の遅延すなわちドラッグラグが問題となっており、患者に不利益をもたらしたため社会問題となりメディアが騒ぎたててきた(図1、図2)。