――欧米で使われた薬剤はすぐに取り入れられましたが、新薬全体の開発は日本を避けているように見えます。

小野 その通りです。日本を包みこむドラッグラグは解消ではなく、悪化しているんです。見え難いところから目を背けているので、解消に向かっているように見えるだけなんです。

薬価優遇策は新薬開発の高コスト体質を温存する

――どうしてそのようなことになってしまったのでしょうか。

小野 海外の新薬が日本国内になかなか入って来ないということは、言い換えると、製薬会社が日本になかなか新薬を持って来ないということですよね。それはなぜか。結論からいえば、日本の医薬品市場で先行開発することに魅力を感じていないからです。世界を視野にビジネスを展開している彼らにとって、どの市場が魅力的か、どこを優先すべきかは非常に大きな命題であるし、そこを冷酷に評価します。そのときに、世界に先駆けての新薬開発の場としての日本という国の魅力は非常に乏しいということです。

――なぜ乏しいのでしょうか。

小野 開発と審査のプロセスに理不尽な点がたくさんあるからです。例えば、新薬開発には治験を円滑に行わせる必要がある、そのために補助金や薬価でサポートしようと考えるのが行政サイドの発想です。しかし、補助金を付けたり、高い薬価で保険収載しても、お金に色はないわけですから、後発薬の開発に回るかもしれない。経済学的に考えたら、新薬開発の高コスト構造が温存されることになるから、国際競争力を喪失していくことになる。補助金を付けて研究開発を活性化すると、国内の新薬開発の国際競争力は低下するかもしれないのにそれをドラッグラグ対策と称してやってきたのです。

日本の薬事審査には「あるべき」論が不在

――薬価誘導だけで解決する問題ではないということですか。

小野 日本に製薬企業がなかなか新薬を導入しない最大の問題は、審査に基本的な考え方がないことです。

 例えばこんな話があります。新薬と偽薬とを比較して、新薬は偽薬よりは有効だった。しかし、既存薬と新薬を較べると、既存薬の方が有効だったり、そもそも既存薬と比較した結果がないこともあります。こういうときに、どんな判断を国は下すべきでしょうか。こういう事案に対して、薬事・食品衛生審議会ではどんな発言がされているのか。「偽薬を上回っていれば認めざるを得ないんでしょうね」といった発言が聞かれます。国が新薬を承認するスタンスがはっきりしていないから「認めざるを得ない」といった無責任な発言になります。まともな規制の体裁をなしていないといっても良いくらいです。要は国民の利益、国民の厚生を維持、向上させるためにどんな審査が必要かのスタンスが明確でない。というかそもそも存在しないんですね。

 抗がん剤で「偽薬に勝っていればいい」「類薬に勝たないといけない」といった点でのスタンスはきわめて重要です。しかし、まともな議論を聞いたことがありません。「米国で使用されている」とか「海外では1万人以上に処方されている」というような言い訳をしながら、審査して、承認している。

 「海外では承認されています」という事実に頼ってしまうような国で、最初に開発するという発想になるわけがありません。

――企業にとっては、戦略的な後回しですね。

小野 企業戦略そのものです。スタンスがはっきりしない日本のような国にアプローチするにはどうしたらよいか。米国、欧州という外堀を埋めてから、日本に攻めてくればよいわけです。ドラッグラグとは自然現象ではなく、企業戦略の1種なのです。

 現在の承認審査の現場で変なことが起きているなあと思うのは、国際共同治験を行って、各国で違う結果が出たときです。審査側は「なぜ世界中で同じ結果が出ないのか、検討しなさい」と言う。英語でconsistent、日本語で「一致する」という意味です。「consistentな結果が出ないのはおかしい」という発想になっています。「期待したとおりの結果が出ないのはおかしい。説明せよ」というのは、科学として本末転倒ですよね。地域間で違う結果が出たら、「違うようだ」とまずは評価すべきなのです。

 国や人種を変えて同時に試験を実施すると、「違いが見えやすい」ということもあるし、これは国際共同治験のメリットです。違いを十分踏まえて、効率よく試験を進めていきましょうというのが、国際共同治験の基本的な理念であるはずなのに、違いはあってはならないという変な発想が生じています。