化学療法の完遂には有害事象の制御が欠かせない。その対策として漢方薬を利用する試みが活発化してきた。がん医療の現場でどのように使うべきか、その根拠となる研究はどこまで進んでいるのか、外科医の立場から漢方薬に深くコミットしてきた旭川医科大学准教授の河野透氏に解説してもらった。


はじめに
 現代医療における漢方薬はこれまで異端児扱いであった[参考文献(1)]。しかし海外先進国の間では、日本の漢方薬は世界でも例外的な品質の高さと保険医療の一翼を担ってきた実績とによって大いに注目される存在となっている。とりわけ米国では、高騰する医療費を削減できるのではないかという期待と、既存の合成薬剤の限界が明らかになってきたという事情から漢方薬に対する期待が高まり、本格的な研究と評価が開始されている。年間1億2千万ドル以上の巨額の研究費が毎年投入され、代替補完医療の研究がHarvard大学など全米トップテンの大学研究室が中心となって行っている[参考文献(2)]。

 さらに米国食品医薬品局(FDA)は漢方薬の臨床試験を許可し、米国Mayo Clinicで二重盲検臨床試験が行われ、大建中湯(ダイケンチュウトウ)の術後の腸閉塞に対する有効性がいち早く証明されている[参考文献(3)]。大建中湯の薬効機序は分子レベルの研究が行われ、その結果、これまで理解ができなかった作用機序に関して多くの新知見を得ることができた[参考文献(4-6)]。

 米国ではこれらの研究をベースに医学的エビデンスの急速な集積が進められており、そうした成果が日本に逆輸入される事態も想定させるまでになっている。“黒船来襲”を前に日本の医師が漢方薬を理解し、積極的に日常臨床に取り入れる契機となってほしいと考え、特に合成薬剤を中心とした西洋薬では十分対処できない抗がん剤の有害事象に有効な漢方薬を選んで解説する(表1)。

オキサリプラチンの神経毒性に、牛車腎気丸(ゴシャジンキガン、TJ107)
 現在、オキサリプラチンを中心としたFOLFOX(5-FU/LV/オキサリプラチン)療法は大腸がんの世界的な標準レジメンの1つである。半面、FOLFOX療法ではオキサリプラチンに特徴的な末梢神経障害(手・足指のしびれ感など)が高頻度で発症し、用量制限因子となっている。神経障害は、抗腫瘍効果が発現する6クール目近辺(オキサリプラチン累積投与量500mg/ u以上)で顕著化し、治療中止となる症例が少なくない。

 神経障害の発現機序については、オキサリプラチンが感覚神経細胞集団である脊髄後根神経節に蓄積し、その代謝産物であるシュウ酸がNaチャンネルに作用し、神経障害が発現するためと考えられている。そのため神経障害の抑制に、シュウ酸をキレートするCaやMgの投与が試みられ、大規模二重盲検試験が行われたが、その有効性は限局的であり、十分な神経毒性抑制効果は証明されていない。そのため現在、FOLFOX療法における神経毒性をいかに克服するかが、世界のがん研究者の間で模索されている状況にある。

 こうしたなか、日本では最近、腰痛、下肢痛、しびれ、排尿困難、糖尿病性神経障害などの症状に用いられる漢方薬の牛車腎気丸(7.5g/日を2〜3回に分割)が、オキサリプラチンにおける末梢神経障害に有効との報告が2009年の2009 Gastrointestinal Cancers Symposium(ASCO GI)でなされた[参考文献(7)]。

 後ろ向き試験の結果ではあるが、FOLFOX療法を6クール以上完遂した進行・再発大腸がん90症例をFOLFOX療法に牛車腎気丸(化学療法期間中連日投与)を併用:A群、FOLFOX療法にCa(グルコン酸Ca)/Mg(硝酸Mg)を併用:B群、FOLFOX療法に牛車腎気丸+Ca/Mgを併用:C群、FOLFOX療法のみ:D群に分け(図1)、(1)治療中止までの期間(TTF)、(2)神経毒性各Grade(DEB-NTC評価)の発生頻度、(3)1クール当たりの神経毒性のGrade、(4)奏効率などを検討した。