腫瘍株移植マウスの寿命が、50日から1年に延長
 仲氏らは、ヒト悪性胸膜中皮腫の培養細胞株7種類にAdSOCS3を導入、増殖が抑制されることを確認。その上で悪性胸膜中皮腫株を移植したヌードマウス(ICRnu/nu)にAdSOCS3を胸腔投与した。その結果、対照としたSOCS遺伝子を持たない組み換えウイルスAdLacZを導入されたマウスに比べ、腫瘍の増殖を抑制できることが確認された(前ページの図参照)。「移植されたマウスの生存期間は約50日だが、AdSOCS3を投与したマウスは1年以上、生存する」という延命効果だ。

臨床試験の体制を作るには、厚労省の競争的資金を目指す
 これから先治療薬として承認されるためには、5つのハードルがある。(1)GMP準拠のAdSOCS3の増殖・精製、(2)AdSOCS3の前臨床試験、(3)臨床試験のプロトコール作成と臨床試験を行う施設の倫理委員会による承認、(4)臨床試験による有効性の確認、(5)厚生労働省による薬事法にもとづいた承認――。GMP準拠のAdSOCS3の増殖・精製については、東京大学医科学研究所教授の田原秀晃氏の協力を得られることになった。前臨床は、神戸大学発ベンチャー企業で遺伝子治療用ベクターの安全性評価で実績を持つGMJ(神戸市)が担当する。臨床試験は仲氏の母校である大阪大学病院や大阪府立呼吸器・アレルギー医療センターが協力することになった。

 しかし、最大の難関は前臨床、臨床試験を進めるための資金の確保だ。初期の臨床試験を行うために少なく見積もっても3000万〜4000万円が必要になる。その資金を確保するために、仲氏自らが企業や官公庁への説明に出向いているという。

コメンタリー
基礎研究の成果を臨床に持っていく枠組みが必要
順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座教授 樋野 興夫氏(アスベスト・中皮腫外来)
 SOCS3遺伝子を用いた悪性胸膜中皮腫に対する遺伝子治療は、動物試験の結果では有望な成績が出ているようで、臨床応用が大いに期待できる。このほか国内外でほかの遺伝子治療や我々の抗体を使った研究を含め複数の治療法開発が進められているが、いずれの研究にも共通する問題は、基礎研究の成果を臨床評価に移行させる場合の資金確保。文部科学省などの競争的な資金の獲得が難しくなっている現状では、こうした資金調達を研究者だけで行うことには限界があり、より大きな枠組みが必要になるだろう。
 どうしても公的な資金のサポートが必要になるが、そのための枠組みの1つとして、アジア全体を視野に入れた対策を考えていくことがいいと思う。悪性胸膜中皮腫の発症はアスベスト曝露から40年以上の年月を要する。関係労働者の健康障害防止対策の充実を図るため、石綿障害予防規則が施行されたのが2005年であることなどを考えると日本国内の患者の増加は避けられない。日本よりも遅れて経済発展してきたアジア諸国でも、今後大きな社会問題になると予想される。事実中国、韓国、ベトナム国内で患者発生が確認されている。
「国際環境発がん研究センター」の設立を
 悪性胸膜中皮腫の先進国である日本は、環境発がん研究の先進国でもあり、これらの国々に先駆けてハイリスク者を対象とした検診と早期発見システム、治療法開発を確立できる立場にある。こうした状況を踏まえて、私は情報集約と発信を要とするバーチャルな研究組織「国際環境発がん研究センター」の設立を提唱したい。その最初の取り組みとして、12月7日に順天堂大学で日本、中国、韓国の専門家を招いて環境発がんの国際シンポジウム「Environmental Carcinogenesis」を開催した。センターが恒常的な仕組みになれば、アジア諸国の悪性胸膜中皮腫のリスクを評価するとともに、アスベスト曝露群から患者を効率的・高精度に発見するための情報を集積できる。そうなれば、最新の研究成果を発信し、各国の研究者、医師、行政官、国民が情報を共有することが可能になる。日本が国をあげて取り組んで行けば、現在国内で進められている基礎研究と臨床研究の成果はアジアにおける有力な外交手段にもなるはずだ。 (談)