早期がんの目安となる腫瘍最大径2cm以下のTS1膵臓がんを発見することが当面の目標となるが、この段階で発見されるがんは10%前後にすぎない。しかも手術を行って治癒させるためには、先の女性患者のように腫瘍径1cm以下の上皮内がんの段階で発見することが重要になる。

 こうした早期がんの段階で専門医が受診できる機会を増やすにはどうすればいいか。この課題に中核病院と地元の医師会が連携して立ち上がったのが広島県の尾道市と同市周辺の医師たちだ。いまこの膵臓がんの早期診断プロジェクトが“尾道方式”として全国の関係者から注目されている(図3)。

全国に先駆け膵臓がん、地域連携パスを構築
 高齢化率30%を超える同市は、結果的に高齢化に伴うがんの好発地域となっている。「尾道市では、高齢者の在宅医療・看取りを病院と開業医が連携して進めてきたが、進行した段階でいきなり見つかる膵臓がんが目立って増えてきた。見つかっても手術も化学療法もできない。なんとかできないかと感じていた」と尾道市医師会会長の片山壽氏は語る。

 尾道市医師会は、地域医療を進める上で包括的な病診連携システム(“尾道方式”)を構築したことで知られている。1898年に地元に開業した老舗医院の3代目でもある片山氏は、この連携システム構築を中心になって進めたことで著名な伝説的な医師会会長でもある。

JA広島厚生連尾道総合病院・消化器内科主任部長・内視鏡センター長の花田敬士氏(広島大学医学部臨床教授を兼任)。

 一方、尾道市出身で、広島大学医学部附属病院で膵臓がんの専門医として勤務していた花田敬士氏がJA尾道総合病院に赴任してきたのが1997年。花田氏は進行した膵臓がん患者が多いことを痛感し、地元の医師らに膵臓がんの早期発見の重要性を訴えた。

 最初は紹介されてきた疑い症例全員に内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)を行う方針だった。しかし施行後に急性膵炎を発症する可能性がある検査に症状のない患者を紹介することに、多くの地元医師が難色を示し、紹介件数は伸びなかった。当時の尾道医療圏で膵臓がんを診る医師は花田氏1人だけ。「最初の5年間は1人でもがく」(同氏)状態が続いた。

低侵襲の超音波内視鏡が活路を開いた
 進展しない早期膵臓がんの拾い上げに腐心していた花田氏の目にとまったのがEUSだった。2003年に日本内視鏡学会がEUSの標準的な描出法を紹介したテキストを出版、低侵襲であることに興味を持った花田氏は本の著者らを直接訪ね、操作法の教えを乞う。ここから局面が変わった。

 ERCPに代わってEUSを標準検査に据えたことで、花田氏の働きかけに片山氏をはじめとする医師会会員たちの気持ちも動いた。05年には尾道市医師会が中心となって『早期膵癌診断プロジェクト』を発足させ、07年には“膵のう胞クリニカルパス”を作成し、会員の医師と患者に配布した(図4、5)。