10月に京都で開催された日本癌治療学会学術集会では、ドセタキセル抵抗性再燃性前立腺がんに対するワクチンの第2相試験の結果を獨協医科大学泌尿器科と共同で報告した。ドセタキセル抵抗性再燃性前立腺がん患者のうちドセタキセル不応答後(PD)にワクチンを接種すると、PD確認後の全生存期間ではワクチン投与が14.8カ月(中央値)、非投与群では10.54カ月(中央値)であった。

注目集めるがんワクチンの行方
 腫瘍抗原を接種して免疫応答を惹起する試みが注目されるようになったのは、世界の製薬企業ががんワクチンの開発に乗り出してきたためだ。今年(2010年)4月29日、米国食品医薬品局(FDA)が米国Dendreon社のがんワクチン「PROVENGE」(sipuleucel-T)を無症候性またはわずかに症状が見られる転移性でホルモン療法抵抗性の前立腺がんを対象に承認すると、「がんワクチンの時代が始まる」と注目を集めた。

伊東氏は「がん細胞に立ち向かうためには生活習慣の改善も重要」と語る。

 このPROVENGEは久留米大学や東京大学医科学研究所を中心としたグループなどが進めているペプチドワクチンとやや異なり、まず、患者の樹状細胞を採取する。この樹状細胞を、前立腺がんの95%に発現している抗原たんぱく質の前立腺酸性フォスファターゼ(PAP)、顆粒球マイクロファージ・コロニー刺激因子(GM-CSF)と共に培養する。使用するPAPは、遺伝子組み換え細胞により人工的に作られたたんぱく質である。培養中に樹状細胞はPAPを取り込んで消化し、その一部を主要組織適合抗原(MHC)分子上に提示する。この樹状細胞を患者に投与すると、体内のT細胞が抗原提示を受け、前立腺がん細胞を特異的に攻撃する能力を持つCTLに変化する。これにより抗腫瘍効果を得られる。

 FDAが審査の対象とした3つの第3相試験のうちの最も患者数が多かった試験(IMPACT試験)の結果が、米国Dana-Farberがん研究所の医師らによりNew England Journal of Medicine誌の7月9日号に報告されている。無症候性またはわずかに症状がある転移性のホルモン療法抵抗性前立腺がんの患者512人を対象に行われたこの試験では、被験者を2対1でPROVENGE(341人)または偽薬(171人)に割り付け、隔週でワクチンを計3回投与。主要評価項目としたOSの中央値は、介入群が25.8カ月、対照群が21.7カ月で、介入群では死亡の相対リスクが22%低かった(HR=0.775、p=0.032)。3年生存率など、PROVENGEの利益はさまざまなサブグループの患者に一貫して見られた。なお、PROVENGEに割り付けられた患者の97.1%が1回以上の投与を受けており、3回の投与を完了した患者の割合は92.2%と高かった。初回投与から3回目の投与までの間隔の中央値は28日だった。

 「水門が開くかもしれない」。Nature Medicine誌はこのような見出しを掲げて、PROVENGEに続くと思われる有望な10種類の臨床試験中のがんワクチンの名前を掲げた。

 しかし、PROVENGEが嚆矢となるかどうかはなお慎重論もある。国立がん研究センター中央病院の副院長(経営担当)で乳腺科・腫瘍内科科長の藤原康弘氏は「これまでに欧米で承認されたがんワクチンは米国のPROVENGEと欧州の1つしかない。PROVENGEについてもIMPACT試験の前の2つの第3相試験ではFDAは承認せず、新しく求めたIMPACT試験で初めて承認した」と語る。第2相まで有望な結果が出ていたが第3相試験で有効性が認められなかった例もある。

化学療法を断ってがんワクチンに賭ける?
 しかし、患者の期待は上昇の一途だ。取材に訪れた久留米大学がんペプチドワクチン外来ではこんなやり取りがあった。患者は小細胞肺がんの男性患者でこの日が初診。伊東氏に面談する前に血液検査を行っていた。データを見た伊東氏が「合格です。十分なリンパ球があります」。ワクチンを使用してもリンパ球が不足(1000個/mm3未満)すれば効果は期待できず、まずリンパ球を増やす治療を優先させる必要があるが、この患者は幸いにして十分なリンパ球数を確認できた。合格と聞いて患者の声も弾む。

 患者の全身状態が良好と判断した伊東氏は、患者に抗がん剤との併用を提案した。「今のあなたの体力ならば、きっと効果が期待できますよ」。すると患者は、それまで化学療法を受けていた病院を前日に退院してきたと語った。ワクチン療法を受けたいと主治医に告げたら難色を示されたことが理由だという。そしてきっぱりと「私は、がんペプチドワクチンにかけております」と宣言した。

 聞いて伊東氏の表情は険しいものになった。しばらく宙を見つめた後で、声を落として患者に語りかけた。「それは命を賭した選択をしたということですよ」。それまでてきぱきとよく通る声で受け答えしていた男性の声も弱々しいものに変わった。「いいですか」で始まる伊東氏の説明に黙って頷き続けた。その後、この男性患者は伊東氏の説得を受け入れ、低用量の抗がん剤とワクチンの併用療法を開始した。