A群はHP感染陰性、血清PG陰性の健常群で胃がんの発生率はきわめて低い。最も病的な過程が進行したD群ではHPが棲息する足場も喪失してしまうために、血清PGは陽性ですがHPは検出されなくなります。

 A群は確診されれば、検診がほぼ不要と考えてよい群。B群(抗HP抗体+、血清PG-)は通常の検診でフォローすれば良い群、C群(抗HP抗体+、血清PG+)、D群(抗HP抗体-、血清PG+)は内視鏡による管理精検対象群であり、逆に通常の検診の対象とすべきではないと結論したわけです。

――検診の対象はB群だけでよいということですね。

一瀬 理論的にはそうですが、実はA群に血清PG陰性の中からも胃がんの発生があることがあります。私共の検討では、A群であっても、血清PG1/2≦3.0あるいはPG1≦30ng/mlあるいはPG2≧30の場合、1回は内視鏡でHP関連胃炎の有無を確認すべきだと思います。

 また、B群の中にも、スキルス胃がんなど悪性度の高いがんが出現することがある。B群の中の10%未満ですが、ハイリスクの患者、血清PG値でいうとPG1≧70ng/mlかつPG1/2比≦3.0がいます。こうした方々は内視鏡検査で管理することが必要になります。

――HP除菌は胃がんの予防に有効でしょうか?

 この問題の解答は単純ではありません。2000年代は除菌の有効性を大規模介入試験で検証しようという試みがいくつか行われてきましたが、それらのデータを虚心坦懐に眺めると、「除菌が有効」と結論できたデータは少ないことがわかります。無作為化したり、長期に観察したりとエビデンスレベルが高い試験ほど、除菌による胃がん予防効果に否定的な結果となっています。

 有名なのは2004年にWongが中国で行った大規模な介入試験で、結果は米国医師会雑誌(JAMA誌)に発表されました。除菌してもしなくても胃がんの罹患率に差がないといっているわけですが、除菌すると最初は胃がんの発生がない。しかし、5年目以降に胃がんが発生して、最終的に非除菌群と同じ罹患率になってしまうのです。

 除菌は胃がんの増殖を遅らせる効果はある。しかし、5年、10年と長期に観察すると除菌の胃がん発生抑制効果は消えてしまうのです。これはHP感染による胃がんモデルであるスナネズミを使った研究の結果とも一致します。

 除菌に胃がん予防効果があったという報告で最も有名なのは日本のJAPAGAST Study Group(JGSG)の研究です。早期胃がんにEMR(内視鏡的粘膜切除術)が施行されたHP菌陽性505例を対象に除菌群(255例)と非除菌群(250例)に無作為割付し、2次胃がんの発生の有無を確認しました。除菌群から9例、非除菌群から24例の2次胃がんが確認され、早期胃がんEMR後の除菌で2次胃がんの発生は3分の1に抑制されることが報告されています。しかし、2008年のLancet誌に発表されたこの論文の問題点の一つは観察期間が短いことです。さらに長期間追跡した場合、同じ結果になるかは検討の余地があります。

――HPの除菌一本槍では予防に限界があるということですね。

一瀬 私共の10年間の観察研究では、血清PG陽性の萎縮性胃炎では除菌の効果は認められません。胃がんのリスクが減少しないので、除菌した後も胃がんの検査が必要です。一方、血清PG検査陰性の軽度萎縮性胃炎では除菌で胃がんの予防効果はある程度認められます。しかし、除菌効率は決して高いものではありません。2380人を除菌してやっと1人の胃がんが予防できるという程度です。除菌効率で見ると、PGI≦50、血清PG1/2比≦3.0で軽度萎縮群を同定したときが最も効率が良い。それでも1780人除菌して、1人の予防効果が得られるというレベルです。すなわち、40〜60歳の方々を一律に除菌することはもちろん、対象集団を集約しても効率が悪く、施策として行うには無理なレベルです。

 個人の健康管理のために自己負担で除菌することが妥当でしょう。発がんリスクを一切考慮せず感染しているからといって除菌費用を公費負担することには無理があると思います。

除菌に国は責任を負うべきか

――肺がんに死亡原因のトップの座を譲ったとはいえ、日本は依然として胃がん大国です。しかも胃がんの原因がHP菌であるとなるとなれば、国を挙げて積極的に除菌を推奨したいところですが、簡単ではないのですね。

一瀬 消化器の診療に従事している人間としては、除菌は必要だと思います。ただ、議論がすり変わって必要だから公的負担で行うべきだとなってしまうのは問題です。HP菌に感染していれば萎縮性胃炎が進んで胃がんリスクも確実に上昇する。では、その進展阻止を国が面倒を見るかという話になったときに約6,000万人の感染者が存在するという事実に直面するわけです。

 もし公的負担するのであれば、HPは感染しているけれども萎縮性胃炎が軽度で、胃がんリスクの高い群を対象とすべきです。検査値で言うと先ほどのB群で、PGI≧70かつ血清PG1/2比≦3.0が該当すると考えます。国の財政事情は、国民1人あたりの借金が710万円という状況です。一方で、感染世代には比較的経済的余裕があります。極力自己負担で実施すべきです。こういう話は、学会が国民に呼びかけるというスタイルを取ることが、自然だと思いますね。

 もちろん、効率一辺倒で国の施策の全てを決めてしまっていいかどうかは議論の余地があります。日本という国の良いところは困窮者を医療が見捨てないところです。

 進行がんになって、“エビデンスのある治療”に手が届かない患者さんは、家族も困り果てている。こんな人々を医療は見捨てない。どうにもならなくて絶望している人に立ち上がる基盤を与える施策が絶対必要だとは思っています。