Helicobacter pylori(HP)菌の感染が胃がんの主な原因であることが明確になった今、胃がん予防を目的とした除菌に関心が集まっている。しかし、1人の胃がんを予防するために2300人以上を除菌する必要がある。904兆円(2010年6月末)の借金を抱えるわが国にふさわしい胃がん予防とは何か。血清ペプシノゲン検査と抗HP抗体検査によって胃がんリスクを評価する方法を確立した検診の専門家で、第80回日本消化器内視鏡学会総会の会長を務めた一瀬雅夫氏に聞いた。 (聞き手:小崎丈太郎=本誌編集長)


一瀬 雅夫(いちのせ・まさお)氏
1977年東京大学医学部医学科卒業。89年に同附属病院第一内科助手、98年に同消化器内科講師、2000年から和歌山県立医科大学第二内科教授に就任し、現在に至る。07年より日本消化器内視鏡学会理事、09年日本消化器がん検診学会理事、今年(10年)の第80回日本消化器内視鏡学会総会では会長を務めた。(写真:柚木 裕司)

――先生は血清ペプシノゲン(PG)値と抗Helicobacter pylori抗体(抗HP抗体)価を測定することによって各個人の胃がん発症リスクが予測可能であることを提唱しています。なぜ、そのような診断が必要になったと考えたのですか。

一瀬雅夫 人間ドックなどの任意型検診では内視鏡検査がスクリーニングに用いられていますが、無視できない侵襲性がある上、施行医の数にも限界があります。何らかの方法で対象者の集約が必要です。そこで、私共が研究してきた方法である血清PG値と抗HP抗体を測定することによって、個人の胃がん発症リスクを評価して、効率的な対胃がん戦略を構築しようとしたのです。

――最初に血清PG値による胃がんリスク評価について研究されましたね。

一瀬 当初、血清PG検査は、胃がんのスクリーニング法としての有用性が検討されました。厚生労働省研究班(「三木班」)による検討では偽陽性が高く、基準値をカットオフ値に設定すると内視鏡による精検が約30%に達すること、さらにPG陰性胃がんも基準値でカットオフした場合に約20%に達することが明らかになり、胃がん検診ツールとしては克服すべき課題が見つかりました。

 しかし、本来血清PGは萎縮性胃炎のマーカーであり、それが胃がんの前駆病変であることから、胃がんリスク判定に使えないかと考えました。そして被験者の追跡調査を行ったところ、個人の胃がん発症率を予測する指標になり得ることが示されたわけです。健常中年男性(40〜60歳)を対象とした場合、萎縮性胃炎を認めないPG基準値陰性(PG170ng/ml以上あるいはPG1/2比3.0以上)では、胃がん発生率は年率0.07%に留まりましたが、PG強陽性(PG130ng/ml以下かつPG1/2比2.0以下)では、年率0.42%にも達することがわかりました。

――血清PG値を見れば胃がんの罹患しやすさがわかるということですね。

一瀬 大事なことは、40〜60歳を対象にした場合、最も胃がん発生率が低い基準値陽性群でも10年間に36人に1人が胃がんになるということです。PG陽性(基準値より低い)は胃がんのハイリスク因子であることが明らかになったわけです。

ペプシノゲンとは?
 ペプシノゲン(PG)は胃で作られるたんぱく質分解酵素ペプシンの前駆物質で、胃で産生される99%が血液中に入る。血清PGを計測することによって胃のPG量を把握することができる。萎縮性胃炎の進行、胃粘膜萎縮が強いほどPGの産生が減少することから、萎縮性胃炎のマーカーとして使用される。PG1とPG2のアイソザイムがあるが、胃がんスクリーニングを目的としたPG法の測定基準として、「PG1値70ng/ml以下かつPG1/2比3.0以下」が基準値として採用されている。「PG陽性」とは基準値よりも低値の場合を指している。

血清PG×抗HP抗体で4群に分類

――さらに血清PG値に抗HP抗体を組み合わせることでより効率的なリスク評価が可能になるわけですね。

一瀬 胃がんの発生はHP胃炎から始まり、萎縮性胃炎→腸上皮化生→胃がんのルートをたどります。萎縮性胃炎のマーカー(血清PG)にHP感染のマーカー(抗HP抗体)を組み合わせ、A〜Dの4群を設定することで、胃がん発生リスクをより正確に判定することが可能になります(表1)。

※ 血清PG陰性群、B群には10%以下と少数派であるが、悪性度の高い未分化がんを発生させるハイリスク群(PG1≧70ng/mlかつPG1/2比≦3.0)が存在する。こうした群では内視鏡検査が必要になる。