かつて日本の抗がん剤の臨床開発には多くの問題点が指摘されていた。患者の同意取得も曖昧で、プロトコール作成からその評価方法までが、現代の視点から見れば、非科学的なものだった。1995年から開始された乳がん、大腸がん、胃がんの術後化学療法を評価するためのN・SAS試験は、日本の抗がん剤の臨床評価の潮流を変える節目となった記念すべき試験だ。本誌では、その記録集の刊行を準備している。ここでは、N・SAS試験の1つで乳がんを対象に実施されたN・SAS-BC01試験にまつわる物語のエッセンスを紹介する。


 ロング・アンド・ワインディング・ロード――。

 N・SAS-BC01試験で中心的な役割を果たした国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)の渡辺亨(現、浜松オンコロジーセンター長)は、N・SAS-BC01試験を振り返り、こう表現する。

 この試験は、正式名称をNational Surgical Adjuvant Study for Breast Cancer 01 Trialといい、腋窩リンパ節転移陰性high-risk乳がんを対象として、静注化学療法であるCMF(シクロホスファミド+メトトレキサート+5-FU)に対する、経口フッ化ピリミジン系薬剤であるUFTの術後補助化学療法としての非劣性を検証した第3相試験だ。主要評価項目は無再発生存期間(RFS)、副次評価項目を全生存期間(OS)、有害事象、QOLとして1996年10月から2001年4月の間に733例が登録され、707例が解析対象となった。この結果は米国臨床腫瘍学会(ASCO)が発行するJournal of Clinical Oncology誌2009年3月20日号に掲載された。「有効性」では、RFS、OSにおいて両群に差はなく、両群の生存曲線はほぼ重なっており、早期乳がんにおける再発抑制効果はUFTとCMFは同等であることが示唆された。Grade3または4の有害事象においては、両群ともに10%未満であったが、QOLの評価では調査を行った全ての項目に関してUFTがCMFを上回った。

 ここにたどり着くまでには多くの関係者の尽力と試行錯誤があった。また症例登録から論文発表までに15年を要したこの試験の成果については、現在もさまざまな意見がある。しかし当時、この試験の陣頭指揮を執った国立がんセンター名誉総長の阿部薫は、「それ以前の抗がん剤の臨床開発は今の基準から見ると多くの問題点を抱えていた。症例登録にしても完全な無作為化ができていなかった。若い医師たちが体を張って頑張ったN・SAS試験はそうした流れを変える契機になった」と語る。なぜ曲りくねった、長い道になってしまったのか。それは日本の抗がん剤の臨床評価、ひいては日本のがん化学療法が内包していた問題が、1つの革新的な臨床研究の過程で析出してきたからという側面もあった。