センチネルリンパ節生検もいずれなくなる
 今、私が最も注目しているのは、センチネルリンパ節生検ですね。2000年前後から日本でも始まったセンチネルリンパ節生検では、マイナスであれば腋窩リンパ節郭清をしないというもので、2005年には全国の多くの主要病院で実施されるようになりました。でも、それを見直す動きが世界的に出ているわけです。

 センチネルリンパ節生検を行ってもマイナスなら郭清しない。プラスであっても郭清しないで、化学療法、ホルモン療法を行おうというわけです。要するに腋の下の飛び火を消しても治療成績の向上に結びつかないということです。

――最近ではACOSOG Z0011試験が注目されました。

 米国外科学会が行った臨床研究です。900例弱で中途で終了してしまいましたが、腋窩リンパ節郭清を行っても行わなくても予後が変わらないということですから、事態は重大です。腋窩リンパ節転移があれば、生存率が下がるというので郭清してきたわけですが、生存率の違いは郭清したことによるものではなく、転移リンパ節の数は単に病勢の程度を示しているにすぎない。治療効果を示しているものではないのです。先駆けとなった臨床研究はNSABP B-04などいくつかあるのですが、言ってみれば飛び火は原因ではなく結果なのです。

 CTやMRIやPETとマンモグラフィーが組み合わされたPEMという技術も登場していますが、こうした画像検査で転移が判定できるようになればセンチネルリンパ節生検自体も行わないことになるでしょう。

――画像検査技術が進歩すると手術の術式も変わると指摘されていますね。

 私はメスを握ってここまで来たわけですが、これからはメスを使わないで、病巣を除くことができないかということが大きな命題になってくるはずです。

 画像検査の感度や精度が上がって、より小さな段階で腫瘍が見つかれば、手術はいらなくなります。ラジオ波焼灼(RFA)や冷凍凝固手術などが検討されていますが、例えばマンモトームで病巣の切除ができるようになるのではないでしょうか。単に針を刺入して加熱焼灼も考えられるでしょう。

 現在、乳房の中でがんの拡がりを見る場合に最も手っ取り早い方法はMRIです。MRIのきれいな画像はマンモグラムよりもきれいに描出できることがあります。

 現在はMRIを参考にしてスケッチして、その部分を切除しているわけですが、それをロボットでできないかと想像しているわけです。MRIをコンピュータ制御して、MRIガイド下ロボットサージャリー。これから、微小な乳がんが沢山見つかってくるようになれば、できる限り短時間で正確にできる治療が必要になります。

「乳腺外科」から「乳腺科」への流れ
――乳がん治療は手術が中心でしたが、今後はどうでしょうか。

 そこが最も重要な問題です。乳がんの根治手術を行って、n0と診断された方に骨髄穿刺したところ、骨髄の中にがんが転移している患者が20〜45%もあると報告されはじめました。乳がんが全身病であるという問題に関わる重大な発見です。これにがん幹細胞に関する知見なども集積してくれば、乳がんの診療は根本から変わることになります。

 これまでもそうでしたけれど、今後は一段と化学療法が「主」で手術は「従」にならざるを得ません。内科医が言えば皆怒るだろうけど、私が言うならいいでしょう(笑)。

――これまでは、補助療法といえば化学療法を指すことが多かったですね。

 そうです。これからは補助手術療法、adjuvant surgery。今までは「高名な先生の手術を受けた」と自慢する患者さんがいましたが、これからは「高名な先生の化学療法を受けた」となる――。でもそこまで言うと、私達乳腺外科医の生涯を否定することになるから、「外科がadjuvantになる」ではなくて、「乳がん医療が総合的なものになる」と言いたいですね。

 「乳腺外科」という標榜も時代に合わなくなっているので、「乳腺科」とすべきでしょうね。欧州などではSenologyというような標榜をしているところも出てきました。

 今、日本乳癌学会に若い医師が加入しますね。彼らは自分が外科だと思って入ってくるかもしれませんが、今年6月に札幌で開かれた学術総会を見てもわかるように、敷居をまたいで、一歩中に入ると外科の「げ」の字も出て来ない。ほとんどが化学療法、ホルモン療法と遺伝子の話です。自分でそのように方針を転換できる人はいいのですが、私のように一心不乱にメスを走らせるような人間が活路を見出すことが難しくなっています。

 最近は腋窩リンパ節郭清までしたことがない外科医も出現しています。そういう時代になったのだと感じますね。私は外科医として40年間を過ごすことができ、大きい手術から中ぐらいの手術、小さな手術から針を刺して焼いてしまうということを考える時代まで経験することができて、とてもいい時期にやれたと思いますね。

――先生はもう手術は卒業されたのですか。

 いえ、いえ、やっています。いつまでたっても手術室に入れば自分の世界。緊張しながら楽しくやっています。