増殖スピードが速くサイズが大きいがん細胞が、抗がん剤や放射線照射の作用によって崩壊すると、内部に蓄積されていた核酸、リン酸、カリウムなどが血中に流れ出し、重度の電解質異常を引き起こすなどして、死に至るケースがある。こうした症状は腫瘍崩壊症候群と呼ばれ、主として造血器腫瘍ではよく知られているが、抗腫瘍効果が高い分子標的治療薬の登場によって固形がんの治療でも警戒が必要になりつつある。


 東京慈恵会医科大学附属病院に右関節痛、腹痛、発熱を主訴に22歳女性が入院したのは2002年12月22日のことだった。末梢血液検査、生化学検査、染色体解析から急性リンパ性白血病(ALL;12)と診断(萩野剛史,他. 臨床血液,2007,48:1559)。入院時の腹部CTでは肝臓、脾臓、腎臓など臓器の高度な腫大と肝内・腎内の低濃度信号域を認め、ALLの広範囲な臓器浸潤が疑われた。

 入院第2日目より寛解導入療法(シクロホスファミド1,200mg/m2、ダウノルビシン60mg/m2、ビンクリスチン2.0mg/body、プレドニゾロン60mg/m2)を開始した。しかし、投与3時間後より尿量が減少、15時間後には意識レベルが低下、高度の乳酸アシドーシスを認めた。このときのLDHは41,400IU/l、カリウム8.4mmol/lと高かった。同大チームはこの時点で、患者は「腫瘍崩壊症候群を発症している」と判断、集中治療室に搬送し、腎臓透析など種々の対処療法を行ったものの反応せず、腎不全、不整脈を呈して入院3日後に死亡した。

巨大な腫瘍病変が崩壊する
 腫瘍崩壊症候群(TLS)はオンコロジー・エマージェンシーの代表的な症候群の1つ。巨大な腫瘍病変が抗がん剤や放射線照射によって崩壊すると、細胞内部に蓄積されていた大量のカリウム、リン酸、核酸が血液中に放出され、電解質異常やリン酸カルシウムの尿細管への沈着、心筋への沈着を認め、重篤化した場合は死亡することも珍しくない(図1)。

 国際的には表1のように定義されている。血清尿酸値、血清カリウム値、血清リン酸値は25%以上と著明に増加するとともに、2次的に血清カルシウム値は減少する。

東京慈恵会医科大学附属第三病院腫瘍・血液内科診療部長の薄井紀子氏。「infusion reactionにTLSが紛れている可能性がある」と指摘する。

 発症が確認できた場合はできる限り速やかに、電解質の補正を行う必要があるが、東京慈恵会医科大学附属第三病院腫瘍・血液内科診療部長の薄井紀子氏は、「電解質の補正に際しては点滴などでは追いつかない。腎臓透析を行う必要がある」と語る。それでも救命できないケースも多く、薄井氏によると救命率は4〜5割だという。症状は連鎖的に起こり、簡単にそれを止めることが難しいためだ。冒頭の22歳女性の症例はその典型だが、後で説明するようにハイリスクの患者を見極め、予防的な措置を講じることが求められる。