写真5:九州大学大学院医学研究院病態修復内科学(第一内科)講師の馬場英司氏

薬剤の基礎研究は十分か
 試験が期待通りの結果を出せなかった場合、その原因究明に当たっては、その薬剤の作用機序の解明が十分進んでいることが前提になるが、実際は未知の要素がありながらも臨床で使われているケースも多い。九州大学大学院医学研究院病態修復内科学(第一内科)講師の馬場英司氏は、その1例としてBevの作用機序を挙げる。このBevの作用機序についてはまだ不明な点があり、研究の余地があるという。「Bevの作用機序には腫瘍の血管新生を阻害して“兵糧攻め”にしているという説と間質圧を正常化させて併用した抗がん剤の腫瘍到達を上昇させるという2つの考えがあり、どちらがどれだけの重みを持っているかがなお明らかでない」

 一方、抗EGFR抗体とがん細胞についても新しい議論が持ちあがっている。KRAS遺伝子野生型の患者でも術後化学療法でCetの上乗せ効果が現れなかった原因として、微小転移を起こした後ではEGFR発現量の減少が関与している可能性が指摘されている。この現象を説明する仮説としてASCO総会では、EMTと呼ばれる現象の関与が討論された。EMTとは日本語で上皮間葉転換(Epithlial to Mesenchymal Transition;EMT)といい、細胞が上皮細胞→間葉系細胞(移動)へと変化する現象。もともとは発生過程で胚上皮細胞が間葉系細胞の性質を得て移動する現象だが、がん細胞の浸潤、転移にもこうした仕組みが関与する可能性が注目されている。しかも、このEMTが起こると細胞表面上のEGFRは減少してしまうと見られている。まだ仮説の段階だが、抗EGFR抗体の抗腫瘍効果が低い場合に、EMT誘発作用が上回り、マイナスの臨床効果として現れる可能性が議論されている。

写真6:国立がん研究センター中央病院通院治療センター医長の田村研治氏

個別化必至で変わる第I相試験
 ネガティブ山積の最も大きな教訓は、「月並みな表現だが、やはり個別化医療は避けて通ることができないということだ」と朴氏はいう。しかし、これまでの薬剤の臨床評価の手法もまた見直される必要があると、国立がん研究センター中央病院の田村研治氏は指摘する。

 「個別化は薬剤の効果を高めるプロセスとして確立しつつある。製薬会社にとっては、個別化できなければ、莫大な金額を投じて第III相を行っても失敗する、投資が回収できないことを意味している」と同氏は指摘する。術後化学療法としてのBevの有効性を評価する試験でネガティブな結果が続いているのも田村氏によれば、「バイオマーカーによって個別化できていないため」だ。

 ほかの血管新生阻害剤(VEGFR-TKI)はどうか?経口低分子薬剤としては、ソラフェニブとスニチニブ以外、成功していない。これまで臨床試験に進んだ同種の薬剤候補化合物は30種近くになるはずだが、その多くが成功していない。
 この方針転換は分子標的治療薬の開発にも大きな影響を与えている。

第III相試験はいつまで必要か
 例えば、トリプルネガティブ乳がんに有望な薬剤として期待されるPARP阻害剤はPARPを本当に阻害しているのか?それは、末梢単核球で調べることができる。AKT阻害剤の効果は皮膚細胞で調べることができる。「つまり、従来の第I相の主眼は安全性の評価にあったが、分子標的治療薬が主流になりつつある現在はPOCにある」と田村氏は語る。

 POCが第I相で求められるようになれば、おのずと第III相の性質も変わると。その例として最近注目されているのが、次ページで紹介するEML4-ALK遺伝子の阻害剤だ。非小細胞肺がんで、非喫煙者でEGFR変異陰性の5%に認められる、染色体転座によって生じたがん遺伝子だ。第I相試験において奏効率90%という驚異的な数字を出した。このような薬剤では第III相が必要だろうか。米国食品医薬品局(FDA)はどのような判断を下すのかどうか注目されている。「ALK阻害剤は患者の集積を考えると第III相に5年かかる。FDAは本当に命じるのか」(田村氏)。

 これまで5大がんは製薬会社にとって魅力的な市場だった。しかし、個別化が不可欠なステップとなりつつある現在、より奏効率が高い、それこそ90%というような奏効率が高いがん種を選別して、患者を選択することの重要性が増している。

 そうなると、(独)医薬品医療機器総合機構(PMDA)への相談や院内治験倫理委員会などの手続きが煩雑な現在の臨床試験実施のためのシステムを温存しておいていいのかという話にもなりそうだ。特に第I相試験の中でも最初に患者に化合物を投与する試験(first in human)をどこで行うかが、がん治療の世界のイニシアチブの行方を左右する重要な課題になる。現在、アジアに限ってみると、その地は日本ではなく、シンガポールや韓国に移りつつある。