ソラフェニブの標的は去った後だった?
 沖田氏によると、日韓で異なった結果が出た原因の1つは患者のプロフィールが違ったためだ。韓国の症例の年齢は日本よりも10歳若く、B型肝炎から肝細胞がんになった患者がほとんど。一方で、日本はC型肝炎に由来する患者が多かった。韓国の患者は若かったことから1日用量は400mgを上回った。一方で日本は平均して300mg/日だった。この用量の違いが結果に反映されたと沖田氏は考えている。

 もう1つは、TACE終了後、ソラフェニブの投与を開始するまでに日本では9.3週間も要したことだ。プロトコールでは6週間としていたが、縮小効果の判定などに時間がかかるなどの理由で、投薬開始が遅くなってしまった。

 TACEによって肝臓は一時的に虚血状態になる。そうなると低酸素誘導因子(HIF)や線維芽細胞増殖因子(FGF)の産生が増強され、血管内皮増殖因子(VEGF)の産生も刺激される。ソラフェニブの主要な作用機序の1つがこのVEGF受容体の働きを阻害することにある。しかし、「こうした一連の反応は、TACE後の9週間で終了してしまう」と沖田氏は指摘する。言い換えると血管新生阻害剤を投入するころには血管新生因子や細胞増殖因子は働きを終えていることになる。PostTACE試験を開始した時点では、こうした増殖因子の挙動が明らかではなかった。

 現在、新しい分子標的治療薬を使ったTACE後の再発予防効果の検証が進められているが、そこではTACE後2週間以内に投薬を開始するプロトコールになっている。

皮膚障害に驚き脱落
 ソラフェニブのPostTACE試験では、TACE後の時間とともに、脱落率の高さも誤算だった。特に肝細胞がんの専門医を驚かせたのが、ソラフェニブの代表的な有害事象である皮膚障害の出現だ。試験に参加した医師は「UFTのような比較的副作用が軽い経口剤に慣れていた肝臓専門医には皮膚障害は大きな驚きで、症状が出るとみな簡単にやめてしまった」と証言する。

 現在ではソラフェニブの皮膚症状に対して、症状が出る前に適切な軟膏を塗布する、硬い靴は履かないなどの生活上の注意さえ守れば、試験を中止するほど重篤な症状が出るケースは少なくなっている。ソラフェニブの適正使用委員会が組織され、肝細胞がんでは沖田氏が腎細胞がんは東京大学先端科学技術センター特任教授の赤座英之氏が中心になって、ソラフェニブ有害事象の予防策の指導を徹底したところ、Grade3以上の有害事象は全国的にまれなものになっている。

 日韓の差は臨床試験に対する姿勢の差でもあった。韓国は国策として治験施設が決められており、本治験についてもその中の3カ所で治験を行ったが、日本では80あまりの医療機関が参加した。日本では施設間格差が認められたが、韓国ではプロトコールが遵守され、データも再現性のよいものになった。日本も臨床試験の重要性を認識するならば、患者を集約して行うなどの工夫が必要だ。

医療環境によって異なる薬剤の評価
 試験がネガティブになる理由は1つではない。今年のASCO総会からその理由を探ってみよう。多国籍にわたる試験では、その国々の医療環境の違いが結果を左右する可能性がある。例えば、前述のAVAGAST試験では日本と韓国の対照群(XP:カペシタビン+シスプラチン)の成績が高すぎて、結果的にネガティブ試験になったと考えられる。残りはアメリカ大陸だが、その多くは南米で、胃がんの患者も少なく、治療に精通しているとはいえない地域だった。試験が標準治療に対する上乗せ効果の有無を検証する設計になっている以上、その治療に長けた国のデータが上乗せ効果を薄めてしまう可能性がある。つまりAVAGAST試験の場合、胃がん治療に長じた日韓が足を引っぱった可能性は否定できない。

 しかし、見方を変えれば、成熟したXP治療が可能な国では維持療法としてのBevを使用する必要性がないと結論できたことになる。朴氏は、「以前は海外で第III相が行われ、日本が少数の第II相を実施して薬事の承認を取得していたが、Bevが胃がんに対して大きな延命効果を持たないという結果は日本が第III相に参加して初めて明らかになった。その意味でグローバル試験に参加する大切さを証明した試験でもある。一方でこれまで以上に先進国とそれ以外の国との医療環境の差を意識したグローバル試験を進める必要性も出てくる」と指摘する。