細分化された多数の第3相試験を行うべきか
――試験のコストを下げるために臨床試験グループを活用すべきですね。
中川 その通りですが、問題の根はさらに深いといえます。

――どういうことですか。
中川 これからがん化学療法に使う抗がん剤の中心は間違いなく分子標的治療薬です。ゲフィチニブがその好例ですが、分子標的治療薬は有効な患者と無効な患者を峻別する薬剤です。“正しい患者”を選別するために、セグメント化された患者に対する臨床試験を行う必要があります。想像してみてください。限られた患者集団に対して行う第3相試験を数多く、同時並行的に進めることになるわけです。そのようなことは果たして可能でしょうか。

――難しいですね。
中川 先ほど触れた分子標的治療剤はALK阻害剤ですが、対象となるEML4K-ALK融合たんぱくを持つ患者は肺腺がんの5%程度と見られています。患者の密度が低いから、世界に拡大した臨床試験が必要ですし、それゆえに、世界共同試験になったのです。でも、本当にそれが正しい選択肢かというと疑問は残るわけです。

 がん遺伝子や細胞内のシグナル伝達の解明という基礎研究の進展とともに、がん細胞に個性があることが明らかになってきた。同じがんでも効く薬が異なることは当たり前、1種類の薬が奏効するがんは限られてきます。これからはそのような治療薬が多数登場するはずです。そのときに従来型の臨床試験で有効性と安全性を評価していくことは必ずしも妥当とは思えません。

――分子標的治療薬が主流になれば、適応も細分化せざるを得ない。当然、その薬剤の市場も断片化することになりますね。
中川 ALK阻害剤でも、比較的小規模な単一アームの臨床第2 相試験の結果で承認申請の可能性が注目されました。しかし米国食品医薬品局(FDA)は、EML4K-ALK融合たんぱくを持つ患者の従来の抗がん剤治療での効果が不明であるとして第3相比較試験を要求しました。私はFDAが将来的には、審査の方法を見直すことになるだろうと確信しています。分子標的治療薬の迅速な評価に必要となる新しい体制整備が進められるであろうと思います。

日本にジェネリックを優遇している余裕はない
――分子標的治療薬の時代に臨床評価の方法論と規制が追いついていないと見ることができます。
中川 日本における臨床開発のコストを下げないと新薬の開発治験が全く日本で行われないという事態が考えられます。新薬をいの一番で日本で臨床試験を始めてもらうためには、世界の製薬会社にとって投資しやすい環境をつくる必要があります。そのためには薬価も考慮する必要があるでしょう。

――市場が細分化された分子標的治療薬の開発意欲を製薬会社が維持できるように高い薬価を約束するということですか。
中川 その通りです。なぜ、製薬会社は米国市場への新薬投入を最優先に考えるのか。それは高い薬剤価格があるからです。有効な新薬を優先的に導入して、医療水準を維持するためには、税金を使って、臨床試験や薬価をサポートすることも考えていいはずです。

――医療財源が逼迫していますが。
中川 日本のジェネリック医薬品は先発医薬品の6〜7割の薬価で売られています。米国では2〜3割です。わが国では本来新薬開発に投じるべき社会資本をジェネリック医薬品に回しているということができます。ジェネリック企業を優遇したいという行政側の意向もあると推察できますが、日本はもうそんなことやっている余裕はありません。特許が切れた薬剤は、もう人類の財産という扱いでいいじゃないですか。本当に、何をやっているんだと問いたい。

 海外のジェネリック企業の多くが日本進出を狙っていますが、それはそれだけ優遇されることを知っているためです。

抗がん剤の適応拡大も一部を公的で負担すべき
中川 抗がん剤とほかの一般薬との違いがわかりますか。抗がん剤の場合、最初の承認は抗がん剤開発のスタートにすぎないという点です。ある抗がん剤が進行再発非小細胞肺がんで適応が認められたとします。すると当然術後補助化学療法でも有効かもしれないと術後化学療法における適応拡大試験が要望されます。さらに、放射線照射との併用についても検討することになります。肺がんで有望な薬剤であれば、ほかのがん種に効く可能性が予測されますので、その試験も行う。降圧剤や糖尿病の薬とは違って、抗がん剤の一生は、ずーっと適応拡大の連続なのです。だからすべての適応拡大試験を1つの製薬企業に負担させるのは無理があります。

 また、非小細胞肺がんのゲフィチニブは今後の新薬開発に役立つ多くの教訓を残してくれた、私たちにとっては教科書のような薬剤です。日本では01年に承認されましたが、本当の姿が明らかになったのは09年まで待たなければなりませんでした。標的である上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)で感受性の遺伝子変異が明らかになったのが04年。09年に日本の臨床試験によってようやく正しい使用方法が確立しました。正しい使用方法を確立するためには大変長い時間を要するのです。

――正しい使い方を追求しているうちに特許が切れてしまうということもあり得ますね。
中川 現在の日本の仕組みでは、新薬開発と承認後の適応拡大に要する時間、費用、マンパワーの全部が製薬会社の負担です。国民が有効で的確な治療を受けられるようにするためには、部分的に公的負担を可能とするシステムが必要だと思います。

 個別化医療の時代を迎えて、臨床開発、創薬のコストは今まで以上にかかるのに、そこを製薬会社まかせでは、新薬創造の意気込みは減退します。誰がどのようなルールで新薬開発の費用を負担していくべきか。臨床試験を集約すべきかどうかというレベルをはるかに超えた大問題にがん化学療法はいま、直面しているのです。