IV がんと精神疾患との関係
 それでは、なぜ化学療法におけるうつ病の早期発見と治療が大切なのであろうか。様々な調査から分かってきたことは、うつ病はがん治療に負の影響を及ぼすということである。以下に、うつ病ががん医療に与える負の影響について述べる。

i)精神症状ががん治療に与える負の影響(表3)
(1) 病気そのものによる苦痛
 うつ病という病気は、ただ抑うつ感や身体症状を呈するのみではなく、苦痛を伴う。「死ぬほど苦しい」、「もう二度と経験したくない」と表現する患者さんも少なくない。

(2) 生活の質(QOL)の低下
 患者のQOLは、抑うつなど精神的苦悩を有する場合に低下する。そして、抑うつを呈する患者のQOLは、社会、感情、認知、および身体領域など日常生活の広い範囲にわたり低下する。

(3) 適切な意思決定障害
 抑うつは意思決定にも影響を与える。

 乳がん術後化学療法を例にあげると、この治療を受ける割合を抑うつの無い群とある群とに分けると、前者では92%が治療を受けたのに対し、後者では約50%であった。

(4) 自殺
 がん患者の自殺率は一般と比較して約2倍であり、その8割はうつ病である。身体的な痛み、絶望感、予後の悪さなどと並んで、抑うつはがん患者の自殺の危険因子となっている。

(5)家族の精神的苦痛
 がん患者の家族も精神的に苦悩する。そしてその苦悩は、患者と同等であることが知られている。

V がん患者のうつ病は治療可能なのか
 上記のように、不安・抑うつを中心とした精神症状は、患者にとって苦痛であり、がん治療に対して負の影響を及ぼすため、何らかの対応をとらなければならない。ここで、がん患者のうつ病は、治療が可能かという問題が生じる。「がん」という病気のストレスは診断から治療の経過中に継続して存在するためである。しかし、がん患者のうつ病は一般的なうつ病治療同様、精神療法と薬物療法の組み合わせで改善することが知られている。したがって、うつ病と診断されたがん患者に対しての精神医学的な治療は必要かつ有効である。

VI がん患者のうつ病は正しく診断されているのか?
 しかし、がん医療の現場においてうつ病が適切に診断・治療されているかといえば、必ずしもそうではない。医療者患者共に、うつ病と認識しないことも多い。

 先に、うつ病は様々な身体症状を呈する病気であることを述べた。うつ病の診断基準(2ページ表1)にも全身倦怠感、食欲不振、不眠、制止などといった身体症状が含まれている。ところが、これら身体症状はがんそのものの症状でもあり、また治療の副作用でも現れる症状でもある。うつ病の症状とがん医療で現れる症状は重なり合っているのである。したがって、うつ病に罹患していたとしても、身体症状と判断され、身体的な検査および治療のみがなされてうつ病が見逃されていることも多いと考えられる。

 化学療法では全身状態(Performance Status;PS)が3、4と悪化すれば治療そのものが中止となるが、うつ病の制止、精神運動抑制が顕著な場合、PS=3、4のように見える。しかし、これは「見せ掛けのPS=3、4」であり、うつ病治療でPS=0、1、2になることもある。