渡英の理由は米国の特許問題
古川 Tuveson先生の研究がいずれも臨床に直結するものであることがわかりました。ところでTuveson先生は米国で生まれ、教育を受けたわけですが、なぜ英国に移られたのでしょうか。米国と英国とでは研究環境に何か違いがありますか。

Tuveson 私自身にとっても渡英は想定外でした。研究者としてのトレーニングも米国で受けましたし、家族も共同研究者の多くも米国にいました。実際私は米国における研究で非常によい成果を得ておりました。英国行きを決意した理由は、膵臓がんのマウスモデルを確立し、その治療を通して膵臓がんの患者を治療するシステムを構築したいという気持ちがあったからです。私たち人間の病院と同じように診断のための撮影装置や血清解析装置、治療装置を整備したモデルマウス用のマウスクリニックを作りたいと考えていました。そのためにはそれまで手にしていたよりも多くの研究資金が必要でしたし、実際にその活動にも着手したのです。

 ところがその矢先、遺伝子改変マウスを使って薬物をテストする行為自体を広くカバーする特許が私たちの研究の壁となることがわかりました。この特許はOnc-Mouse patentといって、化学企業のDuPont社が持っていましたが、多くのがん研究者にとって研究の大きな障害となっていました。なぜならば、新しい化合物の有効性を検証するために遺伝子改変マウスモデルを使う実験に、ライセンス料として100万ドル要求されるのですから、ほとんど禁止されているようなものです。この結果、私たちが作ったようなマウスモデルを使って中小の製薬会社が新薬を開発することは事実上できなくなっていました。

 膵臓がんの治療薬の研究に私たちが開発したマウスモデルを使うことは非常に優れています。xenograftモデルではよく効くゲムシタビンが実際にはあまり効かないということが示されたことから理解していただけると思います。しかし、米国ではそれができないのです。一時期には、海の上に船を浮かべてそこにマウスクリニックを作ろうかとも考えました。でも、海の上ではネズミが船酔いしてだめになるからやめた方がいいと言われました(笑)。

 そのような折、英国で臨床研究のためのマウスクリニックを建設できるチャンスがあるという誘いをSirBurce Ponder氏より受けました。英国ではDuPont社の特許を気にすることなく研究ができるのです。そこで、英国に渡って研究拠点を築くことにしました。米国も英国も科学の研究に違いはありません。英国の人々はみな良い人々です。米国から英国へと移る研究者は大変少ないのですが、私は良い機会をものにできたと感謝しています。

日本の膵がん研究費は少ないのでは?
古川 英国における研究資金の状況はどうですか。

Tuveson 英国では私の所属機関およびCancer Research UK(英国がん研究財団)が私の研究に多くの資金を提供してくれています。マウスクリニックを開設する時には女王陛下がいらしてくださり、研究の重要性を認識していただきました。彼女は非常に応援してくれています。マウスを使った研究は非常に資金がかかります。よい研究成果を得るためにはそれなりの資金が必要です。がんと戦うための資金なのです。

 私が日本に来て驚いたのは日本における膵臓がんの研究資金の額が非常に限られているということです。年間7500人程の膵臓がん罹患者数の英国における研究資金に比較して年間24000人程が罹患する国(日本)における研究資金のレベルではないということです。

 状況を打開するためには社会が研究を支持してくれるようにする必要があります。一般の人に膵臓がんが重大な問題であることを認識してもらう必要があります。生存期間はわずか半年程なのですから。研究の進展によって、人々が膵臓がんになった時に恩恵を被ることができるようになるのです。

 ここ1〜2年で膵臓がんの診療は劇的に進歩する可能性があると思います。そのためにもよりよい研究を効率よく進めることが必要です。私はそのために研究資金が必要な他の研究者と助け合っていきたいと思います。