古川 フェーズ1ということですね。

Tuveson そうです。このほか米国Genentech社(カリフォルニア州SouthSanFrancisco)が、多くの誘導体を開発中です。近いうちに、ヘッジホッグ信号阻害剤がゲムシタビンの延命効果を高めることができるかどうか臨床試験によって確認されることになりそうです。そうなれば、膵臓がん以外の多くのがんの治療でも利用できるかもしれません。

古川 ヘッジホッグ信号阻害剤の発見は、このマウスモデルの有用性を証明したことになりますね。すばらしい研究成果です。

乳がんのabraxaneも有望な化合物
古川 非常に新しいトピックとして、アルブミンを結合させたパクリタキセルであるabraxane(編集部注:日本では乳がんを適応に販売承認申請中)が膵臓がんの治療に有望だとうかがいましたが、それについて教えていただけますか。

Tuveson abraxaneは米国のロサンジェルスに本社のあるAbraxisBioScience社が開発した薬剤で、米国では進行乳がんの治療薬として承認されており、別のがんでも臨床試験が進められています。

 まず米国Arizona大学のDaniel VanHoffらの進行膵臓がん患者を対象にした研究でabraxaneとゲムシタビンとの併用が膵臓がんに対し効果があることが示されました。第2相臨床試験の結果も非常に有望な化合物で有ることを示すもので、私たちを期待させるものでした。現在、米国と欧州において、abraxaneとゲムシタビンとの併用効果を確認する第3相試験が行われています。さらに、米国ではエルロチニブとabraxaneを併用した臨床試験も進められています。それらの結果はまだ出ていませんので、現時点でabraxaneが膵臓がんの治療に使うことができるかどうかについてはわかりません。私たちのマウスモデルでもこの薬剤について研究しています。これ以上の評価は時期尚早であり、注意深く結果を検証する必要があります。

RAS経路を止める新しい方法
古川 Tuveson先生は、RAS信号伝達経路に注目されて研究を進められています。マウスモデルもKras遺伝子変異に着目して構築されました。膵臓がんにおけるRASの働きについて説明してください。

Tuveson RASは腫瘍学の中で最も謎に満ちていると言えます。RASをコードする遺伝子のわずか1塩基対の変異でRASが持っている、GTPに結合しGTP分解する酵素活性が喪失してしまいます。GTP分解活性が喪失すると、RAS-GTP複合体が細胞内に蓄積し、しかもほかの細胞内たんぱく質に結合します。これによってほかの信号たんぱく質を細胞表面に引き寄せられます。

 その結果、細胞内信号伝達が変化し、細胞生存、増殖の亢進が起こり、細胞はがん細胞のような挙動を取るようになるのです。多くの化学者、生化学者、腫瘍学者がRASたんぱく質の働きを抑えることによってがんを治療しようと試みてきましたが、まだ成功していません。しかし、研究は続けられていて、RASがどのようにして作られるかや、脂質成分の修飾や末端の切断と活性との関連が調べられ、さらには、RASの信号伝達の下流に位置するMAPK経路やPI3Kの経路を小分子化合物により抑制しようとする試みもされています。

 私たちもそのような試みを行っています。いずれにせよ、RASを抑えることは腫瘍学者にとって大きな課題であり、そのような薬剤を開発した研究者には賞を与えるべきでしょうね。

古川 KRAS遺伝子の変異がほとんどの膵臓がんで見られるわけで、この変異こそが膵臓がんの発生、進展過程で大きな役割を果たしていると考えられます。最近のTuveson先生の研究ではRAS経路の新しい作用機序を発見をされたと聞きました。活性酸素が関係しているそうですね。

Tuveson 私の研究室に在籍したGina DeNicolaが発見したのですが、変異KRAS遺伝子が発現すると細胞内の活性酸素が減少することを発見したのです。活性酸素はがんの原因の1つと考えられていたので、これは腫瘍細胞の生理現象に大変重要な意味があると気づきました。つまり、活性酸素を減らすことはがんを進展させる可能性があるのです。

 その後の彼女の研究でRAS経路はNRF2という転写因子を介して活性酸素を制御していることがわかりました。この経路についてはこれまで知られていませんでしたが、私たちの研究でこの経路がMAPK経路やPI3K経路に匹敵するような非常に大きな役割を担っていることが示されました。私はこれが新しい治療の標的になると考えています。細胞を酸化した状態にするため、活性酸素を消去する生体ペプチドのグルタチオンの阻害剤の臨床研究も始めています。これら薬剤はゲムシタビンと併用することができそうです。