David Tuveson 氏
1994年に米国Johns Hopkins大学でMD、PhDを取得。Brigham and Women’s病院でレジデント。2002年にPennsylvania大学助手を経て、06年夏に英国Cancer Research UK CambridgeInstituteに移り、現在に至る。

 このモデルは1年か1年半くらいで膵臓がんを発症し、転移を起こして、死亡します。さらに別の遺伝子であるTrp53遺伝子などの変異が加わることによって、この病気のプロセスを早めることができます。

 以前のトランスジェニック・マウスモデルは、遺伝子発現が全ての組織で起こるもので、ヒト膵臓がんの病態を再現することはできませんでした。遺伝子発現を膵臓の細胞特異的に起こるようにしたことが私たちのモデルをヒト膵臓がんの病態をよく模しているものにしている理由であると考えられます。また私たちのマウスモデルではがんの微小環境が保たれていることも重要です。腫瘍の形成には、がん細胞と周囲の間質組織との相互作用が無視できません。特に膵臓がんは、間質が豊富で線維化が顕著ですので、こうしたがんと間質の研究は診断や治療法を開発する上でとても大切な点です。単純に腫瘍を移植するxenograftモデルでは、十分な間質組織が発達せず、実際の膵臓がんの状態とはかなり異なると考えられ、そのようなモデルを研究材料とするには限界があります。

古川 先生のモデルを使うことの最も大きな利点とは何ですか。

Tuveson 最も優れている点は初期病変と進行した病変を同じモデルで解析できることです。臨床試験の現場ではほとんどの対象患者は進行した状態にあり、そのような患者に試験薬が効果を示すことは不幸にしてほとんどありません。

 なぜそれらが効果がなかったかを調べることは、そのような患者から組織を採取できませんのでよくわからないままになります。モデルを使うと初期から進行した状態において試験薬ががんに対してどのような効果を示すのかを実際に組織を採取しながら調べることができます。よって、モデルを使うことにより膵臓がんに真に効果を有する薬の開発が実際的に可能になると考えられます。

腫瘍の間質がゲムシタビンの到達を妨害している
古川 最近、科学雑誌のScience誌(Science 324:1457,2009)に膵臓がんを治癒させるための非常に画期的な報告をされましたね。

Tuveson ええ。最初に指摘しておきたいのは、私たちも膵臓がんを「治癒」させたと言いたいところですが、ご指摘の報告で私たちが示したことは膵臓がん患者を数週間延命させられるかも知れない、ということです。もっとも、私たちの研究のゴールはあくまで膵臓がんの治癒であるべきです。

 私たちはまず、現在臨床的に最も頻繁に使われているゲムシタビンが私たちのマウスモデルの膵臓がんには奏効しないという事実を示しました。こうした現象は日常診療の現場でも出現しています。

 そこで、このゲムシタビン抵抗性の仕組みについて研究しました。その結果、マウスモデルでは投与したゲムシタビンが腫瘍に十分に到達していないという結論に達したのです。それは、膵臓がん組織中の血流が乏しいため、がん組織に到達するゲムシタビンが正常組織と比べて非常に少ないからです。そこで私たちがとった戦略は腫瘍の血管を増やすというものです。膵臓がん組織は間質が線維性で血管に乏しいものです。