膵臓がんは平均生存期間3〜5カ月という難治がんの筆頭。近年、モデル動物が完成、分子生物学の最先端の知見を動員した新規治療法の開発ラッシュが始まろうとしている。この動きの世界的に著名な研究者でこのほど日本生化学会の招きで来日したDavid Tuveson氏と膵臓がんの信号伝達経路の研究から新規薬物の可能性を追求してきた古川徹氏に、膵臓がん研究の進歩と臨床応用への展望とを語り合ってもらった。


古川 徹(ふるかわ・とおる)氏
1986年秋田大学医学部を卒業。1988年に東北大学医学部外科学第一講座に入局。膵臓がん研究で1993年に医学博士号取得。Montreal GeneralHospital Research Instituteに留学し、分子細胞学的手法を主体に膵臓がん研究に従事。同時期に現在膵臓がん研究で世界的に広く使われているHPDE細胞株を樹立。1994年にカナダ政府賞(Governmentof Canada Award)を受賞。1995年に帰国し、東北大学医学部病理学第一講座助手を経て2005年に東京女子医科大学国際統合医科学インスティテュート助教授、2007年に教授となり現在に至る。
(写真◎清水 真帆呂)

古川徹 本日は膵臓がんの遺伝子改変マウスモデルを確立したことで世界的に著名な、英国Cambridge大学Cambridge研究所のDavidTuveson博士をお招きして、膵臓がんの研究と医療の現状と今後の展望についてお伺いしたいと思います。

 Tuveson先生、遺伝子改変マウスモデルとはどのようなものであり、また、先生ご自身がつくられたモデルはどのようなものなのでしょうか。

David Tuveson まずはじめに、今回日本を初めて訪れることができ、大変嬉しく思っております。私たちの遺伝子改変マウス膵臓がんモデルは、ヒトの膵臓がんでよく見られる遺伝子変異である変異Kras遺伝子、変異Trp53(p53)遺伝子を人為的に導入することで作られています。このマウスモデルに発生する膵臓がんは病理学的にヒトの膵臓がんによく似ていることが確認されています。また、臓器転移や悪液質など、ヒトの膵臓がんと同じような経過をたどり、さらには、Kras、Trp53以外に起こる他の遺伝子異常や生化学的性質も類似しております。そのような観点から、私たちのマウスモデルはヒトの膵臓がんの性質、病態をよく反映したモデルであるといえます(図1)。

 このモデルにより、何が膵臓がんの原因になっているか、どのようにすればこのがんを治癒させることができるか、また、どのようにすれば効率よく診断することができるか、さらには、どのようにすればこのがんを予防できるかを知りたいと私たちは考えています。まだ研究が始まって間もないですがこれまでの結果は非常に希望を持てるものです。

内因性Kras発現モデルでヒトの膵臓がんを再現
古川 先生のマウスモデルは具体的にどのようにして作成し、どのような変化が認められますか。

Tuveson 私たちのモデルは、がん遺伝子の“ドライバー”(driver)の役割で注目される変異Kras遺伝子を膵臓特異的に発現させるように遺伝子操作したものです。ほぼすべてのヒト膵臓がんではKRAS遺伝子の活性化型変異が認められます。私たちは、ヒト膵臓がんで高頻度に認められるKRAS遺伝子のコドン12の恒常活性化型変異に相当するKrasG12Dを発現させると、前がん病変である膵上皮内腫瘍性病変(PanIN)類似の病変が発生し、ヒトの膵臓がん発がん過程で起こると仮定されている腫瘍性上皮形態の段階的変化が生じることを確認しました(Cancer Cell 4:437,2003)。