鈴木 陽子 氏 Yoko Suzuki, RN (Japan&Illinois), PHN
年齢 : 34歳(2010年5月現在)
現在の職業 : 産業保健師
現在の勤務先 : 日本GE株式会社
出身大学・学部・卒業年度 : 明治学院大学国際学部1998年卒、聖路加看護大学看護学部2002年卒
臨床専門分野 : 循環器、CCU
+αの道に入る前の臨床経験年数 : 3年
+αの道に入った後の臨床経験年数 : 臨床6ヶ月、産業保健3年
+αの道の種類 : 国際経済学、米国RN資格
何故+αを選んだのか

 何故+αを選んだのか、と聞かれると、私にとっては看護の道に入ることが+α道の始まりだったのだと思います。私は聖路加看護大学に学士編入しており、それ以前は文系の学部で学び、国際経済を専攻、主に国際援助を学んでいました。ナースが子供の頃からの憧れだったわけでもなければ、高校の時に進路を決める際にも医療の道は全く考えませんでした。医療が私の人生の大きな柱となった転機は、大学4年の時でした。大学3、4年というのは自分の将来について真剣に悩む時期ですが、自分は何がしたいのだろう?と考えれば考えるほど、医療の世界に魅力を感じるようになっていきました。きっかけは大学3年の時に校外実習で行った、ベトナムやフィリピンのスラムにある学校の子供たちや、スモーキーマウンテン(ごみの山)で暮らす人々に出会ったことだったと思います。苦しく貧しい生活でも、彼らはひたむきに明るく生き抜いて、日本では見たことがないような子供たちのキラキラした純粋な笑顔に、本当に大事なことは何かを教えられた気がしました。そして、無知や貧困から、日本に生まれていれば当然受けられるであろう保障や保護を受けられず、病気や命の危険に晒されている人々を見て、人の助けになりたい、恵まれて育った私ができることはなんだろう?と考えるようになりました。JICAのような国際援助に携わる仕事がしたい、と思うこともありましたが、誰かのためになる事がしたいと思えば思うほど、もっと身近で直接的に働きかけることができ、その人を目の前で感じながら支援できる医療職に魅力を感じるようになっていきました。そして、聖路加看護大学の学士編入制度を知った時、「これだ!」と思い、その日からは何の迷いもなくナースになると決めていました。今となってはあのひらめきと決断への自信は何だったのだろう?と思いますが、人生にはそういう突然道が開ける瞬間というのがあるのだと、振り返ってみて思います。

どのようにして+αの道に入ったのか

 大学卒業後、聖路加看護大学に学士編入し3年で卒業、臨床ではCCUに所属しあっという間に2年が過ぎました。次の+αの道を選んだのは臨床3年目になった時でした。このまま臨床を続けるのも良いけれど、それでは最初の大学で学んだことを活かす場がない、4年間がもったいない、と思うようになりました。留学をして視野を広げてみたかったこともあり、留学の道をなんとなく模索しているうちに、アメリカのNCLEXに合格すればRNの資格がとれる、ということを知りました。ちょうど親しい友人がアメリカのシカゴに住んでいたこともあり、語学学校の手配、ビザの申請、RNのライセンスを取るために必要な書類等の手続きを全て自分で済ませ、シカゴに渡りました。それまでの貯金と、アルバイトをしたお金で学費、家賃、生活費を賄い、NCLEXのレビュー学校に通っていたのですが、今思うと本当に貧乏学生生活で、お昼は50セントのパンのみ、といった毎日でした。辛いこともたくさんありましたが、チャレンジングでいることだけで充実できる、そんな日々だったと思います。アメリカという国は不思議にそんなパワーを与えてくれる国なのかもしれません。

 その後、ちょうど渡米して1年、NCLEXの試験に合格すると家族の事情で急遽日本に帰国することになりました。もちろんアメリカで臨床をするためにNCLEX合格を目指していたのですが、その時は選択の余地がなく、帰国してからもすぐにアメリカに帰ることはできませんでした。そんな時、現在の職場であるGEで英語ができる産業保健師を募集していることを友人から聞き、フラリと面接に行きました。募集していたのは3年以上産業保健の経験がある保健師だったのですが、当時の産業医の方に私の珍しいバックグランドを買われ未経験ながら雇って頂くことになりました。GEとは偶然といって良い出会いでしたが、入社してみると本当に優秀な方が多くいるグローバル企業で、たくさんの刺激を受けることができました。それから3年近くたちますが、アメリカに戻ることはあまり考えたことはありません。まだまだGEで学ぶことがたくさんあると感じています。

+αの道はどうであったか、何を学んだか

 医療職、特にナースにとって大事なことは、人間としての視野を広げ、様々なことを吸収し常に成長していくことだと思います。患者さんへのケアは、まずその人に共感することから始まり、その人が望むことは何か?その人にとって必要な支援は何か?を常に模索していくことではないでしょうか。そのためには、様々な経験をし、固定観念を捨て、その人の立場でものを考えられるフレキシビリティを身につけることが職業人としての自分を成長させてくれるのだと思います。その面では、国やカルチャーを越えて、様々なものを見て、聞いて、感じて、そして辛いことも楽しいことも経験した留学経験は、ナースとしての、また人間としての自分を大きく成長させてくれました。

現職に+αはどう生きているか、または現職が+αそのものの場合は、臨床経験が現在どう生きているか

 最初の大学から現在の職までの道は、それぞれ異なった+α道を歩んできたようで、振り返ってみると、それぞれの支流が交わり合い大きな流れの川となって今に至っている気がします。国際学でグローバルな視野を培ったこと、看護で人を助ける知識と技術を身につけたこと、アメリカ留学をしてグローバルなコミュニケーション能力や異文化への適応能力を養ったこと全てが、GEというグローバルな企業で産業保健師として働くにあたり糧となっていると思います。そしてGEは本当に豊かな人材の集結した企業で、そんな社員さんたちとともに働けることが自分の+αの部分を大きく成長させてくれています。

 現在の職場は産業医1名と保健師2名の3名体制です。業務としては、保健指導やウェルネスプログラムの企画、運営などはもちろん、メンタルヘルス関連ではやはり大きな責任と役割を担っています。メンタルヘルス関連の業務は、最近どの企業でもプライオリティだと思いますが、GEの社員さんは国や人種、カルチャーなどグローバルなバックグラウンドも持っている方が多いので、自分の+αな経験が社員さんを理解しサポートするのにとても活きていると感じます。また、アメリカ、コネチカット州にある本社を中心に、各国のGEにMedical Teamがあるのですが、彼らとのグローバルな繋がりもとても刺激になっています。アメリカ、アジア、ヨーロッパの医師やナースとの交流や情報交換は、日本の産業医療とは違ったシステムやその背景にある経済事情などを学ぶことができとても勉強になります。

 また、業務外の活動としてバリアフリー・ネットワーク1というダイバーシティのコミュニティ(ネットワーク)2に所属しています。

 GEという会社はダイバーシティの活動が盛んな会社で、その他にもWomen’s NetworkやGE Volunteerなどがあります。バリアフリー・ネットワークでは、障害のある社員にとって働きやすい会社であることはもちろん、社会参加、貢献といった社会の一員としての企業的責任を果たすことを目的とし会社外の人や団体との関わりも大切にしながら精力的に活動しています。現在のところ約30名のメンバーで活動しているのですが、皆、障害や病気を抱える人々への支援を広めるために、情熱を持って活動しています。そんな中で、医療職だからこそ伝えられる専門的な知識や経験、価値観などがメンバーに役立ててもらえることもあり、そんな時はとても充実感を感じることができます。

1. バリアフリー・ネットワーク:http://www.ge.com/jp/company/community/bfn.html
2. ダイバーシティのコミュニティ:http://www.ge.com/jp/company/community/index.html

今後どのようにキャリアを形成していくか

 今までの私は、自分の成長のために歩むべき道を選んできたと思いますが、これからは自分が得たことで何ができるか、人々にどのような貢献ができるかを考え実践していきたいと思っています。

 GEでは2009年にグローバルで“healthymagination”という新たなイニシアティブを掲げ、Health Culture(健康文化)を築いていく企業として世界のリーダーになることを目指し、健康に関する様々な情報やプロジェクトを発信しています。コミットメントの中には社員、そしてその家族の健康をケアすることも含まれているため、私たちメディカルスタッフの役割も大きくなってきていますが、会社が大きく掲げる目標と私たち医療職者が目指すものが同じであることは非常に恵まれていることだと思います。自分のイマジネーションを活かし、様々なプログラムやケアを社員さんへ提供していくことで、産業保健師として更に成長していきたいと思っています。

 また、現在のチームで良いところは、メンタルヘルスケアで直接社員さんと対話し、ある程度の判断を任せてもらえるところです。社員さんとお話をしていると、最終的にキャリアカウンセリングが必要になってくるケースがとても多いことに気付きます。今後は、産業カウンセラーやキャリアカウンセラーの資格を取り、更なる知識やスキルを身につけ、社員さんたちのメンタルへするケアはもちろん、人生における意思決定の援助ができるようになりたいと思っています。