辻 洋志 Hiroshi Tsuji, MD, MPH candidate
年齢 : 32歳(2010年2月現在)
現在の職業 : 大学院生
現在の勤務先 : ハーバード大学公衆衛生大学院在学中 (Master of Public Health Program, Occupational and Environmental Health)
出身大学・学部・卒業年度 : 大阪医科大学医学部 2002年(平成14年)
臨床専門分野 : 呼吸器内科
+αの道に入る前の臨床経験年数 : 日本の公衆衛生博士課程まで4年
アメリカ留学まで7年
+αの道に入った際の年齢 : 日本の公衆衛生博士課程進学時28歳
アメリカ留学時31歳
+αの道の種類 : 産業・環境医学、グローバルヘルス
何故+αを選んだのか

 私は大学卒業後2年間の大学病院での研修を終え、呼吸器科に入り大学病院、関連病院にて更に2年間勤務いたしました。そして5年目で公衆衛生学の博士課程に入りました。地域の中核病院の呼吸器科に勤務していたため、患者さんは癌やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの複雑なケースが大半で、かなりハードな毎日を過ごしていました。4年目位である程度自立して治療できるようになり、また新しい研修医と共に働き自身も成長する感覚にやりがいを感じていました。しかし一方で、多くは予防によって回避できる肺癌やCOPDによって最後は亡くなってしまう患者さんを診療しながら、臨床のみによって患者を治す事に限界がある事を感じました。その頃より、公衆衛生の中心的概念である“予防”というキーワードに興味を持つようになりました。

どのようにして+αの道に入ったのか

― 公衆衛生学との出会い―
 ちょうど私が4年目で“予防”というキーワードに対しどうアプローチすればいいのか考えていたときに、医局の同僚から、「夫が同大学の公衆衛生学博士課程からロンドン大学公衆衛生大学院に留学しMaster of Public Healthをとる予定だ」という話を聞きました。私は元々留学というものに興味を持っていたのですが、医師にとって、Master of Public Healthという学位留学の道があることをそこで初めて知りました。そして医師になって5年目で、同じく母校(大阪医科大学)の公衆衛生学博士課程に進学しました。博士課程では所属していた研究室が海外での仕事や外国人医師や学生との交流が非常に多く、研究以外にも人として見識が非常に広がりました。

― 産業・環境医学との出会い ―
 大阪医科大学大学院では主に産業衛生の分野の研究を行っており、その関係もあって大学院生のアルバイトとして産業医としていくつかの企業を担当することになりました。会社の嘱託社員として働くことは医師にとって非常に刺激的でした。企業では主に健診のデータをもとに従業員と面談を行ったり、作業現場におけるリスクの評価や指導、予防に関する講演活動を行ったりと多岐にわたる活動を行いながら産業医学の知識を深めていきました。しかし一方で、昨今の急激なグローバル競争による労働環境の変化によって様々なひずみが生じ、労働者の健康障害となって表れているという実態も学ぶに至りました。少子高齢化によって、労働人口が減少していく事が予測される中、社会が労働者の健康に対してあまり注目していないというギャップも医療の世界と企業との両方で働く中で強く感じました。そしてグローバル化という観点から予防の方法論を学ぶため、米国大学公衆衛生大学院への留学を目指す事に致しました。

― 米国公衆衛生大学院留学準備 ―
 英語の勉強を基本に、まずは情報収集から始めました。幸い私の場合、自分が研修医の時に作った医療英語勉強会の米国人講師や別の同僚が米国公衆衛生大学院で研究等を行っていました。これらのネットワークのおかげで、学会や旅行の際に立ち寄り現地の雰囲気を確かめたり、授業に参加させてもらったりしました。また米国公衆衛生大学院の教授が日本に来る際は積極的に会いに行き、色々と情報を頂いたりしました。このような過程を経て、ある程度留学先の大学を絞りました。また、日本から米国公衆衛生大学院へ留学している多くの人が奨学金をもらって留学していることを知り、奨学金の情報も集めました。

― フルブライト奨学生としてハーバード大学公衆衛生大学院留学へ―
 奨学金はもらえるとはあまり期待していなかったのですが、情報を調べているとフルブライトは選考過程が書類審査二回、面接審査一回で、書類審査は大学院入学審査と内容の多くが重複していました。また、締め切りが留学前年の5月末(年度による)と非常に早いため、逆に大学院入学審査の良い準備になると考え応募しました。ちょうどその頃は医師になって7年目。産業医や病院での仕事の他に、大学院も3年目になり研究も忙しく、TOEFL、GRE、エッセイといった入学に必要な事項を満たすのはかなり大変でした。書類審査に通り、10月にフルブライトの面接を受けました。面接は英語で20分あり、米国人3人を含む6対1人で行われました。大学入試の時以来の面接でしたが、幸い奨学金を頂けることになりました。フルブライトでは大学院への推薦状がもらえたり、米国大使館での壮行会に招かれたり、また、米国でも政府主催の数々のイベントで様々な人と交流出来たりと非常に得られるものが大きいように感じます。そして翌年3月に産業・環境医学で実績のあるいくつかの公衆衛生大学院に合格する事ができ、ハーバードへの進学を決めました。

+αの道はどうであったか、何を学んだか

 ハーバード公衆衛生大学院の強みは何よりも、多様性と総合力。他のハーバード大学院やMIT等近隣の大学と単位を互換できるようになっており、それぞれの専門分野だけでなく、分野のまたがった学際的な領域も勉強する事が出来ます。同時に、人的交流も多く、公衆衛生だけでも毎年約500人近く入学し、それぞれの国やバックグラウンドはまさに多様です。授業は予習や宿題の量がかなり多く、日本の大学に比べたら勉強が非常に大変です。しかし、大学の教員に加えそういった方達と日常から授業や大学外で議論を交わすことが出来ることは何よりいい刺激になります。同時に沢山の責任を果たさなくてはいけない日本での職務と比べ、自身の勉強だけに集中できる環境は留学でしか得られない部分が大きいと思います。

 ハーバードではグローバル化、それに伴う産業・環境医学上の諸問題を中心に学びます。特に、それらに関連する健康障害の予防という観点から予防の方法論を学びたいと考えています。このような理由から、公衆衛生の基礎となる生物統計、疫学、社会疫学といった授業に加え、グローバルヘルス、産業・環境医学、作業・環境管理、労働政策・行政、米国医療政策、リスクマネジメントといった授業を取る予定です。後期では関連した研究にも参加したいと考えております。

現職に+αはどう生きているか、または現職が+αそのものの場合は、臨床経験が現在どう生きているか

 授業で発言したり、課題をこなす際に日本での臨床経験は非常に役に立っています。たとえば医療政策において、政策が理論通りにうまく医療現場で働いているかどうかなど、実際の経験でしか知りえない事も多く、授業などではそういったところが議論になる場合がほとんどです。また日本の事を聞かれた際にも、実際の経験を交えながら話をする事も非常に重要であるように感じます。

今後どのようにキャリアを形成していくか

 まずは公衆衛生というキャリアについてより多くの人に知ってもらわなければいけないと考えています。公衆衛生の中心的概念である“予防”というキーワードは今後ますます高齢化を迎える日本において非常に重要な要素です。ハーバード公衆衛生大学院では約500人の新入生の内、医師(約240人)もしくは医学生(30人)で約半数以上を占めます。そしてこれらの医師(医学生)に対し様々なキャリアプログラムを提供しています。また、医師以外でも健康に関係する様々な組織でのキャリアが用意されており、公衆衛生は大変面白い分野です。まずはその良さを発信していきたいと考えています。

 自身のキャリアとしては、日本で博士課程の途中で留学してきたため大学に戻り、研究を続ける予定です。その後はここで学ぶ方法論を使用し、日本の産業・環境医学の分野でより良い予防についての情報を発信していきたいと考えています。また日本で行っていた企業等に対する講演活動などもより積極的に行い、社会とつながりを持った医療を実践出来ればと考えています。また“予防”の実践は多くは患者ではない一般大衆がその対象であるため、医療者、患者だけでなくグローバル化と健康というキーワードで世の中全体に情報を発信できるようにも、自身の見識を深めていきたいと考えています。

著書など
Effects of Sodium Monofluoroacetate on Glucose, Amino Acid, and Fatty Acid Metabolisms and Risk Assessment of Glucose Supplementation/ Drug and Chemical Toxicology/ Infoma Health Care
医療・福祉系学生のための専門基礎科目/金芳堂(共同執筆)
動物由来感染症マニュアル/金芳堂(共同執筆)