永田 高志 氏 Takashi Nagata, MD
年齢 : 38歳(2008年12月現在)
現在の職業 : 医師
現在の勤務先 : 聖マリア病院
日本医師会総合政策研究機構
出身大学・学部・卒業年度 : 九州大学医学部 平成9年卒業
臨床専門分野 : 救急医学、麻酔学、整形外科
+αの道に入る前の臨床経験年数 : 7年
+αの道に入った後の臨床経験年数 : 2年
+αの道に入った際の年齢 : 34歳
+αの道の種類 : 国際保健、外傷疫学、危機管理
何故+αを選んだのか

 卒後7年市中の第一線の救急病院で勤務し、それなりに仕事も覚えていく中で物足りなさを感じ、もっと広い世界に出てみたいという野心が芽生えました。

 縁あって九州大学医学部医療システム学教室の信友浩一先生と出会い胸の内を相談したところ、海外留学を通じて視野を広めることを勧められました。

どのようにして+αの道に入ったのか

 日本で臨床を続けながら留学準備しました。具体的には米国の公衆衛生大学院入学に必要な試験や推薦状の手配とともに、アルバイトを増やして貯金に努めました。同時に、研究テーマについてもブレインストーミングを行いました。最終的には日本医師会の推薦でハーバード大学公衆衛生大学院の武見プログラムへリサーチフェローとして2006年6月より行くことが決まりました。2年間の留学で、外傷疫学と災害医療を含む危機管理を学ぶと共に、米国の救急医学の臨床の第一線を見聞することを目指しました。私が留学した時期は、ちょうど2001年の同時多発テロ後で、米国では医療機関もテロ対策の一翼を担うことがすでに確立され、それをさらに発展させてインフルエンザのパンデミック対策を進めていました。この米国の取り組みを学ぶことで、単に狭い意味での災害医療の知見だけなく、極限状態における医療機関あるいは組織にあり方など危機管理の本質について多くのことを学ぶことができました。

+αの道はどうであったか、何を学んだか

 渡米後は英語に苦労しつつも、恵まれた環境で多くのことを学ぶことができました。外傷関連の公衆衛生は米国よりヨーロッパ特にスウェーデンで優れているため、スウェーデンのカロリンスカ研究所に短期留学しました。スウェーデン留学は、博士課程にて外傷疫学研究をさらに深めるために挑戦しました。

 留学は次の3つの点でよかったと思います。

 まず、一流の指導者から直接学ぶことができたことです。次に、世界である程度自分が通用することがわかったこと(研究でのアドバイザーとの面接の際、日本の経験をもとにした意見が認められたこと、そして日本の事例を論文発表できたこと)、そして日本の忙しい生活から離れ家族と過ごす時間が増えたことです。

現職に+αはどう生きているか、または現職が+αそのものの場合は、臨床経験が現在どう生きているか

 留学経験者としての使命感を持って、日々の日本の臨床と向かい合っております。日本の救急医療は単に医師が足りないだけでなく、方向性を国民に提示できず将来の戦略やリーダーシップの面でも既に崩壊しており、その再建は容易ではありません。単に欧米のいい面を日本に押し付けるだけでなく、日本の良さを踏まえつつ、欧米の学ぶべき点を紹介できればと思います

今後どのようにキャリアを形成していくか

 「救急」をキーワードにして医療と社会との接点をこれからも考えていきたいと思います。中期目標としてはカロリンスカ研究所の博士課程を終え学位を習得したいと思います。長期目標ですが、当初は臨床を続けていこうと思っておりましたが、保守的で年功序列が強いため、やや限界を感じております。再び海外で働くことも含めて、進路に頭を悩ませております。

自身のPR/ブログ・ホームページなど
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