加藤 良太朗 氏 Ryotaro Kato MD,JD
年齢 : 34歳(2008年9月現在)
現在の職業 : 医師
現在の勤務先 : ワシントン大学医学部内科
出身大学・学部・卒業年度 : 東京大学医学部(1999年)
臨床専門分野 : 一般内科、プライマリケア、麻酔科
+αの道に入る前の臨床経験年数 : 5年
+αの道に入った後の臨床経験年数 : 6ヶ月
+αの道に入った際の年齢 : 31歳
+αの道の種類 : 法科大学院


何故+αを選んだのか

 私は「プラスα道」とは「より完成度の高い医療を築くための飽くなき探求」であると考えています。従って、私にとってのプラスα道が何処から始まったのかは難しい問題です。標識などはないからです。ただ、最近では、現時点の自分に到達するまでの要所要所での決断こそがそれぞれプラスαな道への選択であったと解釈しています。

 私の場合、そのような要所での決断が少なくとも三つありました。一つ目は米国で臨床留学をしようという決断。二つ目は留学するまでは帝京大学市原病院麻酔科で研修しようという決断。そして三つ目は専門研修(フェローシップ)を放棄してロースクールに行こうという決断です。

 人に影響されやすいのが私の長所であります。米国での臨床研修は「まるで小学生に戻ったように一日が長く感じた」程充実した毎日だった、という当時東京大学外科にいらした桑間雄一郎先生の言葉に好奇心を抱いて留学を選び、「人生は生かされるのではなく生きろ」という帝京大学麻酔科の森田茂穂教授の言葉に感銘を受けて市原を選び、同じく森田教授の「明日の医療のためにも若い医者を守れるような人間になれ」という言葉に勇気付けられてロースクールを選んだ次第であります。

どのようにして+αの道に入ったのか

 上記のように、私にとってのプラスα道は医学部卒業時から始まった訳ですが、敢えてロースクール入学手続きに限定して回答します。詳細については各大学ロースクールのウェブサイトに掲載されていますが、一般的に合否に最も重要なのはLSATという統一試験および大学での成績書だといわれています。ただ、医者の場合は推薦状も非常に重要になってきます。最も面倒だったのは日本から成績証明書を取り寄せる必要があったことでしょうか。

 応募の時期ですが、多くの大学ではローリング・アドミッションといものを採用しています。従って、形式上は2月や3月が締め切りと書いてありますが、実際には12月頃には定員は全て埋まってしまいます。特に、米国での経済景気が悪くなるとロースクール出願数が増えるそうです。米国でのロースクール応募は早ければ早いほど良いと言われていますが、律速段階になるのはLSATで、6月、9月、または12月にしか受けることが出来ません。

+αの道はどうであったか、何を学んだか

 私にとっては「プラスα道」は現在進行形でありますが、「充実している」の一言に尽きます。プラスα道では明日の医療のために自分でプロデュースした人生を歩んでいる訳です。成功しようが失敗しようが自分で選んだ以上、後悔はなく、正しく人生を生きている感じがしています。

 ロースクールでは具体的に何を学んだかということですが、テクニカルな法律よりも社会全体のなかでの医療の役割、法律の役割、そしてその二つの接点について理解が多少なりとも深まったことが一番の収穫であったと考えます。

現職に+αはどう生きているか、または現職が+αそのものの場合は、臨床経験が現在どう生きているか

 医学も法律も多くのルールによって構成されています。ただ、医学に於けるルールは自然が作り出したルールであり、簡単に変えることは出来ません。それに対して、法律というルールは人間が作ったものであり、そのために間違いもあれば、それを修正することも可能です。そういった可塑性のあるルールをどのように社会の為に役立てていくことが出来るかを学ぶのがロースクールであると考えています。実際、入学前はロースクールというのはどのように口論に勝つかを学ぶところだと想像していましたが、実はそうではなく、如何に相反する利益の中から接点を見出して和解を図るかを学ぶところでありました。そういった意味では、ロースクールでの教育はどのようなフィールドで活躍する場合においても有用なツールになってくるのではないかと思います。

今後どのようにキャリアを形成していくか

 「プラスα道」に決まりはないので、どのようなキャリアを選ぶかは本人次第であると思っています。個人的には、「明日の医療のために」という考えが前提にあるため、基本的には医者でありたいと思っています。「昔は医者だった弁護士」よりは「法律を知っている医者」である方が医療により効率的に貢献出来ると思うからです。

 現時点では、米国でホスピタリスト(病棟専門の内科勤務医)として現場で主に研修医の指導および医学生の教育を行う傍ら、リスク・マネジメント、事故調査委員会、院内ガイドラインの作成、カスタマー・サティスファクション委員会、患者安全委員会、その他役員会議など、リーガルマインドを生かして病院を側面から支える役割を担っております。また、将来的には、医療に於ける特許法など知的財産法の役割についても考えて行きたいとも思っています。米国でなるべく多くの経験を積んで、ある程度一人前になったら日本の医療に還元したいと考えています。

 医学部入学当時は、米国で臨床研修やロースクールにまで行こうなどとは全く予想していませんでした。何しろ、人類のハゲを克服するための研究をしようと医学部に入ったのですから。同じように、この先、私がどのような機会に恵まれ、どのような役職についているのかは全く想像出来ません。ただ、明日の医療の為に自分で自分の人生をプロデュースしていく、という原則を崩しさえしなければ最終的には満足のいくキャリアを形成できるに違いないと信じています。

自身のPR/ブログ・ホームページなど
http://www.medicinelounge.com
ご自身が紹介されたマスコミ媒体など
http://record.wustl.edu/news/page/normal/9420.html
http://news-info.wustl.edu/news/page/normal/8989.html