向山 由美氏 Yumi Mukoyama,MD,MPH
現在の職業 : 医師
現在の勤務先 : 佐久総合病院
出身大学・学部・卒業年度 : 東邦大学医学部(平成10年)
臨床専門分野 : 一般外科、公衆衛生 
+αの道に入る前の(留学前の)臨床経験年数 : 3年ちょっと
+αの道に入った後の(留学後の)臨床経験年数 : 4年ちょっと(途中国際協力に従事していた間、臨床から離れていました。)
+αの道の種類 : 公衆衛生、国際協力、地域保健医療
何故+αを選んだのか

 中村哲先生の「ペシャワールからの報告」に出会い、国や地域を問わず必要とされる場で、保健や医療を行っていきたいという思いから医師を志しました。保健医療は、「臨床」のみを示すものではないと考えてきましたから、このときから+αに足を踏み入れていたのかもしれません。

どのようにして+αの道に入ったのか

 大学生のときから、広くアンテナを張るようにしていました。プライマリヘルスケアのスタディーツアーに参加したり、途上国での調査を行ったり、いろいろな方とお話ししたり。それらの経験や出会いが+α道を開いてくれました。
 大学卒業後の臨床研修場所は、一番好きな診療科である外科、国際協力を行っている病院という2点で、国立国際医療センターに決めました。外科臨床の日々は、毎日が楽しくあっという間でした。全力疾走しながらも、いつか「公衆衛生」をしっかり学んでみたいと思い続け、1年間の留学(ハーバード公衆衛生大学院)にトライしました。
 臨床現場の経験と、公衆衛生を学ぶにつれて、一人ひとりをみる「臨床」と、地域や人々をみる「公衆衛生」の両輪がうまくかみ合ってこそ、よりよい保健医療が可能になるのではないかと強く考えるようになり、国際協力や保健医療活動の道に導かれていきました。

+αの道はどうであったか、何を学んだか

 日本、そして途上国での保健医療現場に携わると、健康を守る医療者として「臨床」と「公衆衛生」の視点をもって活動するということは、国や地域を問わず共通する重要なものだと実感しました。
 現在は、「農民とともに」(住民とともに)をスローガンに、保健予防活動や診療活動を行ってきた佐久総合病院で勤務しています。地域に飛び込んでいって初めて気付かされることが多くありました。今まで病院の中から見えていたのは、人々の生活のごく一部分でしかなかったということ、医療者ができることは考えていたよりずっと小さかったこと。一方で、私たちは保健医療を通じて、人々の「しあわせ応援団」になれること、そのあり方は多様だということも肌で感じています。
 今は、自分に与えられた力を、しっかりと活かしていけるよう日々学んでいるところです。

卒後の道・現職に+αはどう生きているか

 まさに+αの道が、今の活動そのものです。私が考える+α、私にとっての+αは、「+α」ではないのかもしれません。

今後どのようにキャリアを形成していくか

 地域に根ざした保健医療活動にかかわりながら、より住民に近いところで活動を展開していけるように、力を蓄えていきたいと考えています。