別府 文隆氏 Fumitaka Beppu,RN,PHN,MS(保健学修士)および学位審査中
年齢 : 35歳(2008年1月現在)
現在の職業 : 客員研究員
現在の勤務先 : 南カリフォルニア大学
出身大学・学部・卒業年度 : 東京大学 大学院医学系研究科 2005年単位取得退学
+αの道に入る前の臨床経験年数 : 6年(パートタイム含む)
+αの道に入った後の(留学後の)臨床経験年数 : 0年
+αの道に入った際の年齢 : 32歳
+αの道の種類 : 予防医学(コミュニケーション学+公衆衛生)+通信制MBA


何故+αを選んだのか

 臨床で得た問題意識に対する自分なりの答を見つけるため。
⇒看護師は職務上、医師と患者さん両者の間に立ってコミュニケーション上の「つなぎ役」になることが多いです。そこで医師患者間の基礎知識の違い、医療業界の権威構造の存在や、医師側(看護師側、病院側)からの患者に対する姿勢のあり方などで違和感を感じたり悩むことが多かったのです(仕事は出来ないくせによくそういうことで悩んでいました^^;)。同じころに勤務の傍ら夜学で映画制作(主に脚本と制作)を学んでいて、人に話を聞いてもらうにはどうすればいいか、とか、人が納得するのはどんな瞬間だとか、物語から受ける感動によって人がどう変わるか、などについて集中的に考えたこともあって、映画やドラマのような物語メディアと医療現場で感じたコミュニケーション上の違和感や諸問題の重なる部分を自分なりに追求してみたいと思ったのです。日本の大学院の修士・博士課程を通じてわかったのは学問分野では米国でヘルスコミュニケーションという領域にそういうことをやっている人たちがいる、ということでした(そのころには人対人のコミュニケーションから映像メディアを通じたコミュニケーションに興味の中心が移ってはいましたが)。そして米国でメディアコミュニケーションに強く人材と先進的な取り組みが豊富なUSCで学び、恩師のアドバイスから本業の他に通信制のMBAに入り世の中の仕組みを少し知って衝撃を受けて(世間知らずでしたから)、自分にとって今の時点でビジネスの世界に飛び込むことの重要性に気付いたのです。ヘルスコミュニケーションの本質は顧客中心主義やソーシャル・マーケティング、マネジメントなど、ビジネス分野で発達したノウハウにもありますし。

どのようにして+αの道に入ったのか

 看護臨床をしながら映画学校に在籍し、映像製作を学びました。その後国内大学院(修士・博士)に進学しつつパートタイムで臨床看護の仕事、個人事業主としてメディアの仕事(ビデオ制作など)や翻訳業を続けました。それらの経験を通じて、「医療現場の情報ギャップにメディアのチカラをどう活かすか?」という問題意識が芽生え大学院に進学しました。大学院時代に国内における限界を感じると共に、海外に関する情報収集を通じて米国南カリフォルニア大学(USC)の活動やヘルスコミュニケーションという学問分野について知りました。そのころ、たまたま海外留学助成金が取れたので、それを機に直接キーパーソンにメール連絡し、米国の学会に参加して会って話し、留学先としてUSCを目指しました。知人を通じて紹介者を確保し、様々な方々のご厚意のおかげで留学を実現しました(受け入れ先の確保)。留学中にお世話になった先生のアドバイスからビジネス分野の素養の重要性に気付き、時間とコストの点から日本の通信制MBAを並行して始めました(米国のMBAに行き直すのは金銭的にも時間的にも無理だったので)。

+αの道はどうであったか、何を学んだか

 自分の狭量さを自覚し、自分が変化していくことが実感できる日々(現在も継続中)でした。人生が変わったと言っても大げさではないと思います。USCでは、ヘルスコミュニケーションの専門知識や事例を豊富に学び、インターンとしての実体験を得た。日本の通信制MBA(BBT大学院大学)では、経営管理学の基礎や経営・経済の視点から世界を見る方法を学んでいます。また、米国生活における全ての経験を通じて日本や日本人である自分の存在について考える上での別の基準を得たように思います。

⇒ビジネス・ブレークスルー大学院大学の略です。
大前研一さんが学長です。
http://www.ohmae.ac.jp/index.html

⇒一言で言うと「日本が全てではない」ということです(海外で生活した方は多かれ少なかれ感じることだとは思いますが)。頭では理解していたつもりでしたが、実際に住むと魂に刻まれるというか、実感として忘れがたい経験を豊富にします。日本は世界基準から見ると非常に非常に特殊な国で、国内でメディアによってたたかれ批判されがちな医療制度や質も、米国に住めばその質の高さやありがたさが実感できます(同時に足りないところがやっぱりあることもわかりますが。特に接遇やコミュニケーションの面)。日常レベルでも、日本で感じるイライラや諸問題が文化や人が違うと問題にすらならならいことも多いですし。別の捉え方がある、別の解決方法を試している人たちがいる、と知っていれば近視眼的にならずに、余計なストレスを感じずに、問題解決に注力できるように今は感じます。日本がダメで米国は良いということでも逆でもなく(どちらも一長一短あるので)、違う基準があることで、問題解決のアプローチが増えた、という感じでしょうか。

卒後の道・現職に+αはどう生きているか

まだ留学生活やMBA生活が続いている部分があるので、今後わかるでしょう。特に企業就職した4月以降。

⇒(株)リクルート社の事業開発室というところの医療ユニットという部署で新規事業開発に関する仕事をする予定です。医療健康分野のビジネスはリクルート社にとっては比較的新たなチャレンジの範囲に入るらしく、内部にまだ医療専門家が少ないそうなので、病院勤務経験や専門家の人的コネクション、ヘルスコミュニケーション分野の知識を多少持っている点に期待されているのだと理解しています。

⇒今年は引越しと子育てに追われてまだまともにブログを書けていないのですが、現時点で思いつくのは以下でしょうか。
・博士論文修正を終わらせる(現在、作業は終わって連絡待ち)。
・3月にMBAを卒業する(色々あって今ぎりぎりなのでなんとかがんばりたいです)。
・3月中に米国がん研究所(NCI)が配布しているヘルスコミュニケーション事業のマニュアル本ともいうべき書籍Making Health Communication Programs Work(通称Pink Book)の日本語版監訳のお手伝い作業を終わらせる(京都大学の中山健夫先生のグループが取り組まれています)。原著は無料で(PDFでも書籍でも)以下から入手できます。
http://www.cancer.gov/pinkbook
・3月末までは上記の傍ら子育てのサポート(1月に次男が生まれたばかりなので。現在取り組み中)
・4月以降はリクルート社での仕事のペースを早くつかみ、どんどん主体的にチャレンジすること。
・また、知り合いの研究者の方々と申請している研究案件があるのでもし採用されればそこで与えられた共同研究者としての責務をしっかりと果たす(米国で学んできたヘルスコミュニケーションに関する知識を国内研究に還元する)こと。

今後どのようにキャリアを形成していくか

 今後5年はビジネス領域での修行および留学で学んだことのまとめと位置づけて、ビジネス分野での活動に注力する予定です。その後は可能であればアカデミアへの貢献も徐々に配分を増やしていきたいと思っています。

自身のPR/ブログ・ホームページなど
http://healthcomm.blog32.fc2.com/