4月14日に熊本県で起きた地震に続き、16日に最大震度7の地震が熊本県と大分県で発生した。済生会熊本病院(熊本県熊本市)循環器内科部長の坂本知浩氏に電話取材を行い、最初の地震発生から現在までの状況を聞いた(談=4月21日収録)。


済生会熊本病院循環器内科部長の坂本知浩氏。

 4月14日の震災時、私は院内に残って仕事をしていた。近々参加予定の学会の旅行手配をするため、医局事務室のファックスの前にいたところ、ものすごい揺れを感じた。ファックスの手前にある本棚が倒れ掛かってきていることに気付き、慌ててよけた。あやうく本棚の下敷きになるところだった。

 すぐ隣にある医局に戻ると、かなりの数の医師がそこに集まっていた。その中には救急部の部長もいた。我々の病院では、震度5以上の地震が発生した場合の災害時マニュアルが作成されており、家族の安全を確認し次第、病院に集まるよう規定されている。救急部長は管内放送で医師を招集。その3分後には院内に残っていた医師らが救急外来に集結した。集まった医師の数はかなりの数だった。うちの循環器内科の医師は通常30人いるが、すでに26人が集まっていた。

 救急部長は皆に対し、各自の病棟に戻って患者の安全を確認するよう指示を出した。私は4階にある循環器内科の病棟にすぐさま移動した。エレベーターは止まっていたので階段を利用して4階まで移動した。病院内ではアラームは鳴っていなかったものの、普段は見渡せる廊下に数10メートルおきに設置された防火扉が閉まっていて、異様な感じだった。幸いなことに循環器内科病棟の患者に被害はなかった。電気はすぐに自家発電に切り替わっており、水道も使用できていたため、大きな混乱はなかった。

 各自の病棟を確認後、10分後には全ての医師が救急部に戻っていた。

毎年の訓練通りに救急外来を設置して待機
 私たちの病院は災害拠点病院だった。そのため、年に1回は行政と協力し、様々なシナリオで災害訓練を実施してきた。例えば大地震が起きたケース、近くで列車事故が起きたケース――など。

 この日は毎年の訓練と同じように、リーダーをその場で決定。1階の正面玄関前に臨時の救急外来を設置した。ホワイトボードなど、救急対応に必要な機材がロビー内に急きょ集められたほか、床にはブルーシートを広げ、血液で汚れても大丈夫なように備えた。1次、2次、3次トリアージに部隊を分けて、流れ作業で患者を診る体制を地震発生30分ほどで整えた。わたしは2次トリアージブースに配属された。

 患者が運び込まれてきたのは地震発生から60〜90分たったころ。救急車や自家用車で患者が搬送されてきた。重症患者は救急車で、一般患者は正面玄関の臨時救急外来でトリアージした。

病院の正面玄関に救急外来を設置(本震時の様子、提供:済生会熊本病院)。