京大の山中伸弥氏がノーベル賞を受賞するきっかけとなったiPS細胞。人の皮膚などを基に作製すれば、様々な細胞に成長させることができるため、その細胞を、傷ついた部分や臓器に移植して機能の回復を狙えるのではないかと研究が続けられている。

 そのiPS細胞を使った世界初の臨床研究を、理化学研究所と先端医療振興財団が8月1日から始めている。この研究が成功し、手術の方法が確立されれば、根本的な治療法がまだ無い失明に至る目の病気「加齢黄斑変性」の症状を改善できる可能性があるとマスコミ各社が取り上げていた。

 加齢黄斑変性とは、網膜の中心部にある黄斑が老化し、視機能が低下する疾患のこと。色や光を感じる視細胞の桿体と錐体がある黄斑の網膜色素上皮と、眼球内の老廃物を運び出す脈絡膜との間に老廃物が蓄積し、継続的に炎症などが起こって黄斑の機能が低下する。萎縮型と滲出型の2つに分けられており、日本人は滲出型を生じるケースが多い。

 滲出型加齢黄斑変性では、脈絡膜から正常な血管とは異なるもろい血管「脈絡膜新生血管」が伸張し、その新生血管から血液成分や老廃物が滲出して浮腫が生じ、視力が低下する(図1)。
 

図1 滲出型加齢黄斑変性の発症の仕組み 
滲出型加齢黄斑変性では、黄斑部の脈絡膜から新生血管が伸びる。新生血管がブルッフ膜を突き破って網膜色素上皮細胞の下や上まで侵入すると、急激に増殖する。新生血管から滲出した血液や老廃物がたまると、視力低下や変視症などの症状が出現する。

 8月から始まっている臨床研究は、患者の皮膚細胞から作製したiPS細胞に由来する網膜色素上皮(RPE)シートを、異常な新生血管や血の塊を取り除いた後に移植するというもの(図2)。研究の対象となるのは、既存の標準的な治療を実施しても、病状が改善しなかったり、再発を繰り返したりする滲出型加齢黄斑変性の患者6人だ。その選定基準は、滲出型加齢黄斑変性と診断されて治療を開始しているものの、既存の標準治療では効果が得られない、もしくは再発を繰り返す50歳以上の患者などと定められている。
 

図2 iPS細胞を用いた滲出型加齢黄斑変性への移植手術

 本研究で被験者に移植するRPEシートは、理化学研究所の細胞培養センター(CPC)で、以下の手順で作製される。(1)患者の上腕部から直径4ミリ程度の皮膚を採取、(2)その細胞にEBウイルスの「プラスミド」を使って6つの遺伝子を一時的に導入してiPS細胞を作製する、(3)患者由来のiPS細胞からRPE細胞を分化させ、細胞の形態や遺伝子発現を指標に未分化細胞などの混ざり物の無い状態にする、(4)移植に適したシート状に成長させ、その品質・安全性の確認を行う――という流れだ。皮膚を採取してからRPEシートが完成するまでに約10カ月かかる。

 なお、研究に参加できる可能性のある患者は、眼科医からの紹介状を基に先端医療センター病院眼科が簡易判定を実施。その後、神戸市立医療センター中央市民病院眼科を受診するように連絡され、文書による研究への参加同意の取得、全身の検査などの結果を経て、被験者として臨床研究に参加できるかどうか判断される。実際の手術は来年の夏から実施予定で、術後に安全性の確認や視機能に対する有効性などの検証を行う方針だ。

 しかし、同臨床研究が滲出型加齢黄斑変性における画期的な治療法につながるかどうかは、現時点ではまだ不明瞭だ。今回承認される予定の臨床研究の主目的は、あくまで手術に伴う有害事象、腫瘍の発生、拒絶反応の有無を評価し、治療の安全性を確認すること。有効性の確認は、副次的な位置づけだ。眼疾患であれば腫瘍が見つかりやすく、かつ腫瘍が現れてもレーザーによってすぐに対処できるため、加齢黄斑変性が研究対象に選ばれたという背景がある。

 そのため臨床現場では、既存の治療を適切に行い、継続することで症状の悪化は防げるため、同疾患の患者に対し、現在の治療を中断しないように呼び掛けている。