「石巻市立病院や気仙沼市立本吉病院など、総合医の育成を図る沿岸部の被災地の医療機関とも協力していきたい」と話す坂総合病院の小幡篤氏。

東北大病院も養成に乗り出す
 同学会が認定した宮城県唯一の医療機関として、震災前から総合医・家庭医を育成してきた坂総合病院(塩竃市、357床)も震災後、従来以上に総合医の育成に力を入れている。副院長の小幡篤氏は「震災後、地域における総合医や家庭医の必要性がより明確になった」と話す。

 11年秋からは、医療福祉生協連家庭医療学開発センター長の藤沼康樹氏による勉強会を定期的に実施。「ケースワーカーの活用法なども、論理的に教えてもらえる」と小幡氏は話す。12年4月には、同学会のプログラムに、救急医学会の後期研修コースと復職を目指す女性医師向けの研修コースを加えた「みちのく総合診療医学センター」を開設。総合診療を専門とする医師も新たに赴任した。現在、同病院の後期研修医は2人。今後は開成仮診療所や本吉病院などとも連携して、さらに人数を増やしたい考えだ。

 一方で、東北大にも変化が起きている。東北大病院は今年10月、総合診療部を改組して総合地域医療教育支援部を新たに設置。診療部長(教授)として、石巻赤十字病院の石井正氏を迎えた。石井氏は震災直後、被災を免れた同病院で全国から集まった医療支援チームの陣頭指揮を執った人物(2011年5月6日掲載「【宮城県石巻市】長期的な支援体制を構築」参照)。「今後は、若手医師にとっても魅力的な地域医療体制をつくりたい」と話す。

 総合地域医療教育支援部は震災後、被災地で地域医療を支える医師の不足が深刻化したことを受けて設けられた。同部には、総合医・家庭医の育成や医師の卒前・卒後教育に加え、医局の壁を超えて大学病院として医師を適正に配置し、地域医療を立て直す役割が期待されている。

実際は難しい研修医の確保
 ただ、研修を希望する医師が期待通りに集まる保証はない。

 岩手県は震災発生の5カ月前の10年10月、病院総合医の育成を主な目的とした「いわてイーハトーヴ総合診療医育成プログラム」を立ち上げた。研修期間を3年とし、後期研修医だけでなく専門医からの転身を目指す医師なども対象としている。県立中部病院(北上市、434床)を中心に地域の他の病院でも研修を実施する「病院型総合医育成プログラム」と、一関市国民健康保険藤沢病院のほか、学びたい診療科を得意とする県内の病院でも研修できる「地域包括型総合医育成プログラム」の2コースを設けた。

 しかし、「11、12年度の2回の募集はともに希望者なしだった」(県医療局医師支援推進室)。

「将来は、病院総合医をもっと配置したい」と語る岩手県立釜石病院の遠藤秀彦氏。

 県立釜石病院(釜石市、272床)院長の遠藤秀彦氏は希望がない理由について、「研修後のキャリアパスを見いだせないのが原因ではないか。そもそも総合医の定義がまだ曖昧な上、国が検討を進めているが、専門医としてきちんと位置付けられていないのも影響が大きい」と話す。こうした状況は全国共通のため、宮城県で研修プログラムを立ち上げる動きが活発化しているが、希望者が思うように集まらない可能性も残る。

 釜石市と大槌町からなる釜石医療圏では、複数の病院が被災して機能停止や縮小に追い込まれたが、今では大半の病院が復旧した。ただ、亜急性期を担っていた県立大槌病院(震災前121床)だけは現在も入院機能が停止しているため、本来は急性期を担う県立釜石病院が亜急性期患者の一部を受け入れている。

 同病院は震災前から総合医の育成に力を注ぎ、10年4月には総合診療科を立ち上げ、現在2人の常勤医が勤務する。遠藤氏は、「亜急性期患者をきめ細かく診るだけでなく、複数の慢性疾患を持つ高齢者の急増に対応するためにも、病院総合医を増やしたいのだが…」と嘆息する。

 さらに自宅が津波に流されて仮設住宅に入居した被災者が、それまでのかかりつけ医ではなく、仮設住宅から近い診療所に来院するケースが目立つようになり、開業医は新患を診る機会が増えているという。釜石医師会会長の小泉嘉明氏は、「こうした患者は診断に迷うこともある。その際に、紹介先の病院に総合医がいると助かる」と語る。

 総合医の需要が高まる中、岩手県は現在、総合診療医育成プログラムの効果的な周知方法や研修医の確保ルートの開拓を模索中。「若手医師が1人でも来てくれれば弾みがつくはずだ」と遠藤氏は期待を寄せる。

家族離散で残された高齢者
 総合医の養成と同時に各被災地が力を注ぐのが、在宅医療の整備だ。地域の病院の多くが依然として閉鎖や機能縮小に追い込まれ、総合医の養成に時間をかけていられない被災地は特にその傾向が強い。