大槌おおのクリニック(岩手県大槌町)院長
大野 忠広氏

 震災前から大槌町での開業準備を進め、東日本大震災が起きた3月11日の1カ月後に開業する予定でした。場所は県立大槌病院のすぐ近く。それが、水をかぶって壊れたCT装置のガントリと多額の借入金だけ残り、建物は津波で全部流されました。

 「また一から準備しないと」─。

 沿岸の被災地を離れ、盛岡市などで開業を計画することも可能でした。ですが、流されたクリニックを見ても、大槌で開業する気持ちには全く変化はありませんでした。一度開業を決めた土地ですし、町民もみな被災したのは同じなのですから。すぐに代替の開業地を探し、当初の開業予定日だった4月11日に町内の高台に仮設診療所をオープンしました。

昨年3月に開業するはずだった大槌おおのクリニックの外観(震災直前に撮影)。

 患者さんの状態は、震災発生から月日がたつにつれて多様化しているように感じます。震災直後、食料は支援物資で量的に十分確保できていましたが、炭水化物が中心でビタミンや蛋白質が不足し、糖尿病高血圧などの持病が悪化する患者さんが目立ちました。それが最近は、患者さんの生活がだいぶ落ち着いてコミュニティーが復活するにつれ、頻繁に催されるようになった交流会(お茶会)でお菓子などを食べすぎたり、逆に震災の体験から食生活が質素になったりし、栄養バランスが崩れて持病が悪化する人が多く見られるようになりました。

 実は、開業してからとてもうれしい出来事がありました。私は震災直後に避難所で被災者の診療に当たり、ヘリコプターで搬送する重症者の選別も行っていたのですが、搬送されたある重症者の方が町に戻ってきて当院に来院した際、「あの時は先生に助けられた」と感謝の言葉を下さったのです。また、避難所で診療していた私の顔を覚えていて、開業後に来院してくれる患者さんがいるのもうれしいばかりです。こうした患者さんたちのためにも、この地で開業して良かったと思っています。今は1日30〜40人ほどの患者さんが来院し、診療を行っています。

津波で全壊したクリニック。CT装置のガントリ(右端)だけが残った。

 近日中には、CT装置を導入したいと考えています。津波で一度痛い目に遭っていますが、スクリーニング後の精密検査や定期的なフォローを実施できるので、患者さんが検査のために25km離れた県立釜石病院へわざわざ行く必要がなくなるでしょう。

 震災前の勤務医時代は、患者さんとの関係をそれほど深く考えたことはなかったのかもしれません。ですが開業してみると、患者さんはその医師個人を頼って診察を受けに来ていることがよく分かりました。その期待に応えるために、プライマリケアをより一層充実させること、それが今の私の使命だと思っています。(談)

現在の仮設の大槌おおのクリニック。