村岡外科クリニック(宮城県気仙沼市)院長
村岡 正朗氏

 気仙沼湾の近くにあった自宅兼診療所(写真1)は津波にのまれて使えなくなりました。今は訪問診療で50人弱の患者を診ながら、市内の別の場所に新しい自宅兼診療所(写真2)を建設中で、早ければ今年5月にもオープンできる予定です。

 この地で診療を続けようと決めたのは、地元の人の思いを感じたから。震災直後、私自身が避難民となって避難所に寝泊まりしていた時、近所の人たちから幾度となく「いつから診療を再開するのか」と聞かれました。遠方の高校に通っている息子に帰る家を作ってやりたいという思いもあり、震災から約1カ月後には自宅兼診療所を建てるため借地契約を結びました。

 災害に備え、新しい診療所には若干の工夫をしました。太陽光発電システムを導入したほか、蓄電池も設置。停電時にX線装置を動かせるほどではないものの、短時間の診療に最低限必要な電力は賄えると考えています。診療報酬明細書を作成するのに必要なレセプトコンピューターのデータを保存するサーバーや給湯タンクは、2階相当の高さに設置するなど、地震や津波を想定したつくりになっています。

写真1 かつての診療所は津波で全壊の状態。

 気仙沼市では震災後、被災を免れた家屋に医療や介護の必要度が増した高齢者が多く生活していました。こうした惨状を目にした気仙沼市立病院の医師や、たまたま医療支援に訪れていた在宅医療を専門とする医師らが、気仙沼巡回療養支援隊JRS)を立ち上げ、在宅医療のニーズを掘り起こすとともに、訪問診療を実施。元々地域で訪問診療を手掛けていた私自身も、JRSと協力しながら2011年4月に訪問診療を再開しました。

 今回の震災で私は、在宅医療の底力を知るとともに、その多様性に触れることができたと考えています。全国から多くの在宅医療の専門家がJRSの支援に来てくれたからです。地域の患者にとって在宅医療はこれまで、“見放された医療”という印象がありました。在宅医療が地域に浸透していなかったこともあり、「病院と違って自宅で受けられる医療は限られている」と受け止められていたのではないでしょうか。しかし地域の患者も医師も、JRSの活動を通じて、疼痛緩和や褥瘡治療から、口腔ケア、栄養指導に至るまで、「在宅でもここまでできるんだ」と思い知らされました。今では「不安だから自宅に戻りたくない」と考える入院患者も減ったように感じます。

写真2 新しい診療所の建設に際しては新たな借り入れが必要になった。

 一方で一口に在宅医療といっても、積極的な治療を行う医療から、年齢や疾患を考慮した看取りの医療まで、多様性があることにも気づかされました。気仙沼市には100歳を超え、「もう年だからしょうがない」という患者や家族も少なくありません。今後は患者のニーズに応えながら、気仙沼流の在宅医療のあり方を模索していければと考えています。

 震災を機に地域の在宅医療の需要は増加しています。ただ、患者宅間の移動が長距離にわたることや、安定的な需要がどこまであるかなどを考えると、新しい診療所を在宅医療に特化したものにする踏ん切りは付きません。新しい診療所では外来診療を再開し、患者数が増えた訪問診療には、以前より昼休みを長くして時間を当てたいと思っています。(談)