「外来患者数も入院患者数も、震災前の水準に落ち着いた。しかし1日当たりの救急患者数は、今も震災前の倍近い」─。

宮城県の災害医療コーディネーターを務める石巻赤十字病院の石井正氏は、石巻医療圏の医療復旧の指揮を執る。

 石巻赤十字病院(一般402床)の外科医であり、宮城県の災害医療コーディネーターを務める石井正氏はこう話す。同病院はこれまで、石巻市東松島市女川町を合わせた石巻医療圏ばかりでなく、近隣の地域からも重症患者を受け入れ、3次救急医療を提供してきた拠点病院だ。

 市内の比較的内陸に位置し、津波の被害を受けなかった同病院には震災直後、救急患者が押し寄せ、震災2日後には1日1200人を超えた。石巻医療圏に134カ所あった診療所も、多くが被災して一時診療を休止。全国からたくさんの医療支援チームが駆け付け、一時は300カ所以上に上った避難所を巡回診療するなどしていた。その後、同病院は5月の連休明けに外来診療を開始。6月半ば時点で、診療所の90%程度が診療を行っている状況だ。避難所の衛生環境などが向上し、仮設住宅への入居もスタートした。

 ただし、今後、医療支援チームの支援が必要なくなるかというとそうでもない。7月からは現在の14チームから5チームまで減らす予定だが、救急患者数が震災前の水準に戻らない石巻赤十字病院や、医療機関の数が少なく、津波被害が大きかった雄勝町北上町では、依然として支援が必要な状況だ。

 現在、石巻赤十字病院を受診する救急患者は1日約100人。徐々に減ってはきたものの、震災前の約60人には戻らない。「被災して再開のめどが立っていない石巻市夜間急患センター石巻市立病院の影響が大きい」と石井氏は分析する。

 石巻市夜間急患センターと石巻市立病院(一般206床)は震災前、主に1次、2次救急を担っていた。そのため現在、石巻赤十字病院には1次から3次まで救急患者が搬送される事態になっている。同病院の救命救急センターには日本赤十字社の医療支援チームが入っており、もうしばらく支援に頼らざるを得ない状況だ。

常勤医の確保が課題に
 元々病医院が少なかった一部地域の医療立て直しも大きな課題だ。05年4月に石巻市と合併した雄勝町。雄勝湾に面する低地に立っていた石巻市立雄勝病院(療養40床)は津波で全壊し、常勤医2人を含む多数の職員や患者が死亡。町唯一の診療所も全壊した。現在、同町には救護所が設けられ、医療支援チームが診療を行っている。夏ごろまでには仮設診療所が建てられる予定だが、医師の確保が難しい。

 雄勝町と同時に石巻市と合併した北上町も似たような状況だ。震災前、同町には市立の診療所が1カ所しかなく、常勤医は1人。震災後は常勤医が体調を崩し、唯一の診療所が診療を休止したため医療支援チームが入っていた。診療所は6月末に診療を再開したものの、まだしばらく支援が続く見込みだ。

石巻市の福祉避難所の1つである多目的施設「遊学館」。要介護者など約90人が生活する。

 福祉避難所を出た後の避難者の行き場がないことも、課題となっている。同市では震災直後から、廃用症候群に陥ったり、不穏や徘徊が認められ、避難所での共同生活が難しい避難者を福祉避難所に集めてきた。市内には、2カ所の福祉避難所が設置されており、現在は合計110人ほどの避難者が生活する。福祉避難所では、被災した石巻市立病院や医療支援チームの医師・看護師が定期的に診察を行っているほか、理学療法士などによるリハビリも実施。中には自立度が上がった人もいるが、多くの避難者には引き続き介護が必要だ。しかし、市内の介護施設に空きはなく、浸水した家屋も多いため、在宅介護も難しいのが実情だ。

 現在、宮城県はこうした避難者が入居できるよう、仮設のグループホームの整備を進めている。ただ、十分な数が供給されるかは分からず、福祉避難所への医療支援、介護支援も長引くことになりそうだ。