イスラエル医療チームはX線診断装置などの医療機器を持ち込み、南三陸町の避難所での医療提供に大きく貢献した。

 医療面での貢献が大きかったのが、3月28日から4月10日までベイサイドアリーナの隣に仮設診療所を開設したイスラエル医療チームだ。医師14人、看護師7人を含めた総勢50人のスタッフが軍の救援機2機で来日。成田空港から陸路で被災地に入り、今回の震災では初めて海外の医療チームとして診療した。このほか、X線診断装置や超音波診断装置、心拍モニターなどの医療機器も持ち込み、帰国時には被災地にすべて残していった。

 医療法人徳洲会の医療救援隊(TMAT)の村山弘之氏は、「それまでは症状を臨床的に判断して治療するしかなかったが、イスラエル医療チームのおかげで各種検査ができるようになり、的確な治療や薬剤の安全投与が可能になった」と話す。

 なお、厚労省は震災後、日本の医師免許のない外国人医師が被災者を診療しても違法ではないとする事務連絡を岩手、宮城、福島の3県に出した。これにより、イスラエル医療チームの診療が実現した。

仮診療所を開設、復旧へ一歩
 現在は、全国から派遣された医療チームの支援により避難所での医療提供体制はかなり整ってきた。西澤氏は、「今後も半年から1年以上の中長期的な医療支援をお願いできれば」と漏らすが、ずっと支援を受け続けるのは現実的に不可能だ。

 そこで、同市は4月18日、避難所の敷地内に志津川病院の仮設診療所を開設した。入院機能はなく外来だけだが、「町内の医療体制を徐々に戻し、自立再生していくことが必要だ」と西澤氏は言う。仮設診療所では、志津川病院の勤務医1人のほか、建物が流された地元の診療所開業医1人が診療に当たる。

南三陸町にあった診療所は全てが津波に流された。入り口の階段やスロープがわずかに形跡を残すだけの診療所跡地。

 4月20日には、内陸側に隣接する登米市に入院患者の受け入れ協力を要請。市立病院の統廃合で使っていない旧市立よねやま病院の病棟を借り、入院機能を復活させる考えだ。「志津川病院の看護師などに勤務してもらえば、雇用維持にもなる」(西澤氏)。現在、病床数や借用時期・期間を同市と調整している。

 その後は人口の推移や仮設住宅の建設状況などを見ながら、医療機能の将来像を考えていくことになりそうだ。在宅医療や訪問看護、訪問リハビリの需要も増えることが考えられる。幸い、在宅サービスは元々、志津川病院が手掛けており、今も同じ職員が担当し続けている。