写真3 行政、医療、自衛隊やボランティアの支援本部など南三陸町の中枢になっているベイサイドアリーナ。仮設診療所もここにある

 避難所に設置していた診療所は集約し、夜間診療を行っていたところにはやめてもらうことにした。最終的にはベイサイドアリーナ(写真3)の仮設診療所に一本化した。医療支援チームにすべて撤退してもらうことには不安の声もあったが、今後、自治医科大学と国境なき医師団が中長期的に支援してくれることになっている。

 外来診療だけではなく、入院病床も確保しておく必要がある。しかし、現在、当地の上下水道の復旧が進んでいないため、町外に確保せざるをえない。そこで、隣接する登米市で空き病床がある登米市立よねやま診療所に間借りし、公立志津川病院として運営することになった。

病院再建までには3〜5年
 今回の震災は、われわれがこれまで見てきた災害とは全く違い、戦地やかつての広島の光景に近い。あらゆるものが壊滅的被害を受けた。復興には5〜10年単位の時間を要するとされている。とりあえず医療を再開することはできたが、当地に入院設備がある病院が必要だ。しかし、病院再建までには3〜5年を要するのではないか。

 南三陸町には公立志津川病院と6つの医科診療所があったが、すべて壊滅した。医師は全員助かったが、公立志津川病院の常勤医5人のうち1人が退職する。6軒の診療所のうち地域に残るのは2軒。そのうち1軒は公立志津川病院の嘱託医になった。さらに医師不足に拍車がかかることになる。

 震災前の予定では、3月の私の当直は人事異動も重なって13回入っていた。今後、仮設診療所も当直体制をとるようになり、当直回数は以前にも増して増える可能性が高い。長期的派遣、あるいは常勤で当地の医療復興を手伝ってくれる医師を切実に求めている。

 ぜひ、一緒に働きませんか。

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写真4 内部が破壊し尽くされた元の公立志津川病院。周囲にはがれきしかない。