普段は「日経メディカル オンライン 循環器プレミアム」で、「EBMがどうの、リアルワールドがどうの」と論文を相手に薀蓄を傾けている私だが、東日本大震災の被災地でリアルワールドの災害医療支援を体験する機会を得た。長期化する被災の状況に関しては、既に日経メディカルオンラインでも数多くのレポートが行われている。これらの記事と内容が重複するかもしれないが、被災地支援を考えていながら具体的にどう行動したらよいか分からないという先生も多いのではないかと思い、筆を取った。事実、私自身もそのような1人だった。


写真1 被災地の惨状は、写真でもごく一部しか伝えることができない 写真中央の遠方に、大きな被害を受けた石巻市立病院が見える

 震災後、日本内科学会の医療支援ボランティアスタッフに登録したが、4月の段階で「医療支援内容を調整中なので当面の派遣はない」旨の連絡が来ていた。日本循環器学会にはゴールデンウイーク中限りと制限付きで登録したが、その期間に入っても派遣の連絡は来なかった。

 ひょんなことから日本プライマリ・ケア連合学会東日本大震災支援プロジェクトPCAT、http://pcat.primary-care.or.jp/htdocs/)の存在を知り登録したところ、翌日には行ってくれないかとの電話があった。これを承諾して5月4日に東京での事前研修を受け、5日から7日までの3日間、石巻市にあるPCAT涌谷(わくや)ハブにて医療支援活動を行うことができた。

 PCAT東京本部での研修内容の実際については、日経メディカル オンラインの東謙二先生のブログ「虎、被災地に行く〜その1〜」で詳細に紹介されているので、ここでは省く。研修に参加した医師は、ほとんどが家庭医療を専攻し在宅診療を実践されている方だったのが印象的だった。女医さんの多さにも、やや驚いた。

 私はかつて循環器病棟でのホスピタリストだった経験があるものの、現在は産業医業務しかしておらず、果たして務まるものか、徐々に背中に汗をかき始めた。

 研修講師として、同じ日経メディカル オンラインのブログ「子育てしながらハーバード留学!」で名前が知られる吉田穂波先生が登壇された時は、被災地支援とすぐには結びつかず、一瞬目を疑った。しかしお話によれば、既にPCATスタッフとして気仙沼・女川・南三陸を訪問して被災者の周産期ケアニーズの調査を行ったということだったので、産婦人科医としてのお仕事とが、線でつながった(『被災者の「大丈夫!」という言葉の裏にあるもの』で、吉田先生ご自身による解説を読むことができる)。

 翌日(5月5日)、他のメンバーとともに東北新幹線の古川駅で下車、避難所として約90人を収容している「遊楽館」に到着した。もし新幹線が再開されていなければ、長時間バスに揺られていただろうから、椎間板に故障を持つ私が無事被災地にたどり着ける保証はなかっただろう。ありがたかった。